お休み、また明日
「あれは、おそら、く半妖だ」
短い息を吐きながら政宗は苦しそうに言った。気休めにしかならないが正面から手を伸ばして背中をさすってあげると、政宗はわたしの肩に頭をもたれる。顔からは既に鱗が消え去っていた。
「あまりしゃべらないで。立てそう?」
いつまでもここにいるわけにはいかない。こんな黒い着物を着た男を見たら保険医に追求されること間違いなしだ。かといって、このまま廊下に出すのも気が引けた。まだ残っている生徒は少ないがいるのだ。
それでもそのリスクを背負って政宗を移動させようとしたときだ。ガラッとドアが無遠慮に開いた。もはや逃げる場所も隠れる場所もない。言い訳が頭の中をめぐっていたが、入ってきたのは保険医ではなく生徒だった。
「うわっ、政宗どうしたんだい?」
「……前田か」
ちらりと政宗は入ってきた慶次くんに目をやると、来るようにくいっと首を傾けた。女の子が重いでしょ、と慶次くんはわたしと場所を変わって政宗を支える。慶次くんは体が大きいから並ぶと政宗が小さく見えるほどだった。
「わりィんだが、一目につかないよう運んでくれねえか」
「お安い御用だよ!ちゃん、先に行ってるね」
「え?あ、うん。気をつけてね」
慶次と政宗はそのまま保健室のドアから出て行った。一目につかないようにって、どうやって。事があまりにも急に過ぎていくのでわたしはついていけずに頭がショートしそうだった。
ハッとしてわたしもついていこうと廊下に出たら、既に二人の姿は神隠しにでもあったように忽然と消えていた。本当に慶次くん何者なの…。
***
家に帰り、玄関にはきちんと見慣れない靴が一足あった(政宗はなぜか裸足)。お友達が来ているわよ、とお母さんの声が飛んだ。慌てて二階の自室に上がると、わたしのベッドで苦しそうにまだ呻いている政宗がいた。
「お帰り!」
「あ、あんたは暢気そうでいいわね…」
「場を和ませようという努力に対してひどいな〜」
拗ねたように唇を尖らせる慶次の横に座った。
「政宗は…どう?」
「うーん神気が乏しいのに、強い妖気に当てられたからね。じわじわ毒と熱に魘されているようなものだよ」
「それ、大変じゃない!」
思わず出てしまった大声に政宗は身じろぎをする。
「…、手」
ごつごつと骨ばった政宗の綺麗な手が弱弱しく差し出される。
「握って欲しいんだってさ」
慶次に言われてわたしはその手を力強く握った。政宗と出会った日が自然と思い出される。あのときは無意識に彼を治癒させたが、今度も上手くいくだろうか。ありったけの力を込めて、治りますようにと念じる。両手で祈るように政宗の片手を包み込んだ。
段々と政宗の呼吸も短かったものが、長くなり落ち着いてきた。それに安心したとともに、わたしも疲れが出る。くらりと頭に血と酸素がいかなくなったように痛く苦しくなった。
「あーあ、ちゃんもそれじゃあ霊力の使いすぎ」
「れいりょく…?」
「分からないで使ってたのかい。もうちょっと制御する方法を今度から覚えたほうがいいよ」
ぽんっと慶次に背中を押されて、政宗の方へ倒れこむ。
「さあさあ、眠って眠って。話はそれからにしよう。明日の昼休み、屋上で待っているからさ」
乱暴に掛け布団を載せて、慶次は笑顔でそのまま部屋を出て行った。確かに今日はいろいろなことがありすぎてあまりにも疲れた。政宗の手をまだ握りながら、わたしはそのまま睡魔に身を委ねたのだった。
(100801)
そういえば触れてきませんでしたが、子供から大人、大人から子供になるとき服装はどうなるのか?なのですが服は子供のときは子供のときの、大人のときは大人のときになります。大人のときは未だに現代の服に着替えるのが面倒らしく、どうせ夜だから寝るしかないので黒い着物のままです。