寝耳に水
慶次は堂々と屋上のど真ん中に陣取っていた。おーい、などと大声で手を振るものだから、先生に見つかったらどうするのとびくびくしながらもその前でお弁当を広げる。政宗など保健室でお菓子をたらふく食べていたはずなのにまだ食べるのか、おにぎりに食いついた。
「あ〜鬼神はね、神堕ちしたんだよ」
「神堕ち…?」
「あまりにも人間に悪さをするもんだからさ、神界から追放されたんだ。もう何百年と前だよ。名残で今も鬼神と呼ぶが、今は妖怪に等しい邪気を持っている。妖怪からは一目置かれる存在だけど、神からは落ちぶれ者として蔑視するやつらが多い」
とてもこないだまでは同じクラスメートの男子だったとは思えない情報がぽんぽんと口から出て行く。昨日風来坊は噂好きと政宗が評していたのが頷けた。
神の国から追放された鬼の一族、その境遇がありありと浮かんでくるようだった。そういえば仏像にも鬼を踏むものが少なくない。八百万の日本国だから、鬼も神の序列にいたのだろう。先祖たちの咎にも関わらず今も鬼の一族は苦しんでいるのだろうか。だって、元親くんは悪さをするような人間に、いや鬼には見えなかった。
「特に半妖だからね。半妖は、人間からも妖怪からも異端視される存在だ。特に元親は風当たりが強かったに違いない」
何といえばいいのか分からなかった。元親くんは神からも、妖怪からも、人間からも、容易に受け入れてもらえる存在ではなかった。それはそのどれかを、いや全てを恨んでも仕方がないことに思える。だから昨日は、政宗が神と知って牙を剥いたのではないか。
「半妖は妖気が本物の妖怪より劣ることはないの?」
「確かに劣ることもあるが、妖気は負の感情が強まることで威力を増す。だったらなおさら元親は強いんじゃないかな」
「……」
どうしたらいいのか分からない。そのような理由があっては政宗を傷つけた元親くんを恨むことは出来ないし、かといって彼が政宗を殺そうとする行為も見過ごせない。
「同情することなんざねえ、」
「な、なんで…」
「それを超えることが出来ないやつは、結局いつまで経っても半人前なんだからな」
やけに厳しい批評を述べて、政宗は言葉少なめにさっさと屋上から立ち去ってしまった。どこへ行くの。声をかけても振り返らない。
「はさ、政宗が特別だってこと知ってる?」
慶次は物知り顔で床に寝そべり頬杖をついた。お行儀が悪いと思わず指摘したくなったが、慶次の質問の意図が分からずに言葉を詰まらせる。
「黒龍は昔から災いを呼ぶと、根も葉もない言い伝えがあってね」
「政宗だけが黒龍なの…?」
てっきり彼の一族である伊達家も黒龍だと思っていただけに驚いた。
「そうさ。だから政宗は伊達家の嫡子にも関わらずずっと一族の中で異端視されていた。幼少の頃に片目を失ってからは特に拍車がかかって、お家騒動が起きたくらいだ。ま、今もわだかまりがあるって聞いているけど」
「だから…政宗はあんな厳しいこと」
似ているんだ、政宗と元親くんは。きっと政宗の方がずっと元親くんの気持ちを分かっているはずなのに、彼らの立場が馴れ合いを許さない。それって…それって、あまりにも悲しすぎる。
「どうして仲良く出来ないんだろう」
「それを成し遂げるのが、第三者の人間である役目じゃないの?」
「…出来るかな」
「にしか出来ないことだと俺は思うよ」
わしゃわしゃと慶次が頭を撫でた。
(100808)
設定詰め込みすぎな気が…矛盾点ないかびくびくしています。