天の使者


慶次にはが悔しさと腹立たしさに顔を歪めるのが分かった。そして、みるみるうちに元親の傷が消えていくのも。彼女の底の知れない霊力に、こんな場であるがただただ感嘆するばかりだ。明らかに以前よりも力が増している。それは彼女の他人を守るための心からきているものだ。
は自分でも溢れてくる力が分かった。手が透明に近いうっすらとした白い煙のようなものに覆われる。
政宗を振り返れば、戦況は明らかに悪化していた。大口を叩いていた政宗だが、本来の彼ならば確かに勝てそうだがいかんせんまだ本領発揮には程遠い。男に押されていた。

「あっ、ちょっとちゃん!そっちは危ない…」

突然立ち上がったに慌てて慶次は再び彼女を抑えようとしたが、涙で滲みつつも鋭い瞳に睨まれて言葉を失う。
そのままは光と闇の鬩ぎ合う戦場へと足を踏み入れた。疲労の色を隠せない政宗は、おそらく以前深く刺された傷の場所を押さえている。自分よりも体の大きい政宗の肩を掴み、は後ろへ押しのける。

「…何のつもりだ」
!」

先ほどまで自分に怯え逃げ惑っていたターゲットが、いきなり前に進み出て男は不審そうに目を向けた。政宗もまた同じで、自らを生贄にしようとする行為に慌てふためく。もちろんは自分からやられに来たわけではない。

「あんたの罪ごとわたしが祓う」

眩い光が手をの覆っていた。そのまま誰に教わったでもなく、はおそろしい速さで印を結ぶ。男がその行為の意図に気づいたときにはもう遅かった。

「き、さまァァアアアア!!!!」

光の紋様が男の下に浮かび上がる。彼の纏っていた妖気は一気に払拭され、男は呻き頭を抱え込む。それをチャンスとばかりに政宗は飛び出し、男の横腹を蹴り上げた。もともと割れていた窓ガラスの外に男の身は投げ出される。男はそのまま空中で、闇と共に消えた。

「……や、った…?」

は急にへなへなとその場で崩れ落ちる。それを政宗が支えて、彼女の目線に合わせ自分も座る。

「ったく、この馬鹿女!いきなり何をし出すかと思えば…肝が冷えたぜ」
「あれっ政宗心配してくれたんだ?」
「それだけ言えるなら心配ねーな」

政宗は視線を元親に向ける。慶次に支えられてようやっと上半身だけ上がった。

「よう…どうやらカミサマに助けられたみてーだな」
「有り難く感謝してこれからは俺を狙うだなんて馬鹿な真似を考えるなよ」
「ちょっと政宗!」
「ハッ、もっと大きな役割を果たしたのはそっちの嬢ちゃんの方だろ」

まだ外傷は消えたとはいえ、元親は苦痛に顔を歪めながらも、気丈に政宗の言葉を笑い飛ばす。

「それで、あいつは何だったんだ」

政宗は慶次に尋ねた。どうやら政宗も知らなかったらしい。そりゃ理由はないだろうよ、とは突っ込みたくなった。

「天使だよ」
「…ごめん、慶次、冗談は止めて」
「これが冗談じゃない」

慶次の言葉に目を丸くする。だって天使ってあの天使だよ?あの禍々しい妖怪かと思われる男から、誰もが想像するであろう慈悲深く、まさに神の使いのようなイメージなど思い浮かぶはずもない。

「神の使いという意味で天使と言っているだけさ」
「ああ、確かに政宗みたいな神がいるんだもんね…」
「それどういう意味だ」
「あいつは石田三成。妖怪が天使の誓いをするのもまた珍しいが、主が豊臣秀吉なら頷ける」

政宗と元親は顔を険しくした。は初めて聞いた名前に尚更なぜ自分が狙われねばならなかったのか分からずに、頭を悩ませる。

「神の中でも大神と呼ばれる位のものがいる。政宗もそれだが、豊臣もいる」
「…あんたって意外にすごいのね」
「今頃気づいたのか。それにしても、豊臣ねえ…」
「おそらく参謀竹中半兵衛の差し金と思うよ。宗哲の子孫、とわざわざ言っていたからには、何か思惑がある」

政宗と慶次はお互い事情を把握したように視線を合わせる。さすがにそこまで知らない元親くんとわたしは蚊帳の外だった。

「おい、独眼竜。こないだの借りはいいのかい」
「おまえ俺を知ってたのか」
「名前を聞いたときから薄々気づいてはいたさ…、」

慶次の手を跳ね除けて、元親は自力で立ち上がろうとする。腕は血管が浮き出るほど、力が入っているのが分かった。いくらなんでも体の中の細胞はまだずたずたのままのはずだ。すかさずが駆け寄ろうとしたのを、政宗は目で制した。

「おまえ、俺の使いにならねえか」

あまりにも唐突な申し出に元親は毒気が抜かれたように、再び廊下に倒れた。

「アンタなあ…殺されかけておいて…」
「少しでも自分の立場を変えたいっていうなら、まずはその実力を神に見せ付けるほうが手っ取り早いだろ?なにより、プラモデル好きに悪いやつはいねえ」

政宗は倒れている元親に男らしく手を差し伸べる。それに笑いながら元親は手を取った。

「言っとくが、俺は豊臣に借りを返すためにあんたを利用させてもらうんだからな」
「なんでもいいさ。帰ったら固めの杯といこうか」

二人の姿に、和解とは言いがたいけれど確かに何かを通じ合えたような気がして、はようやく安堵した。

「お、いいねえ。俺も混ぜてくれよ」
「よし、帰りに買い物に寄るぞ」
「……うん!」

とても先ほどまで痛烈な戦闘があったとは思えない口ぶりにはおかしくなって、政宗の腕に思わず抱きついたのだった。


(100814)