本来あるべき姿
「うっ…」
ずきずきと痛む頭を押さえながら、はゆっくりと体を起こした。あまりの痛さにうめき声を出す。すると近場からも同じような声が聞こえた。隣では政宗が大の字になって寝ている。あたりを見回すと、自室のベッドの上にいるらしかった。床下には元親と慶次がお腹を出して寝転がっている。
そういえば昨日は三国志の有名な義兄弟の契りよろしく三人で飲み交わしていたんだっけ。そうして嫌がるわたしに政宗が散々お酒を勧めてきて…ああ、これが二日酔いか。は隣で同じく二日酔いの政宗を見て、ざまあみろと枕を顔に投げてやった。
ところがそう簡単に目覚めることなく、政宗は依然として寝息を立てる。呆れては政宗を見てため息をついた。
昨日の戦闘で政宗の体は傷がついている。すべてかすり傷だが、数は多い。襟元がまた肌蹴ているのでそれを直してやり、はベッドから降りてカーテンを開ける。既に日は高く昇っていた。日曜日でよかったと心底思う。
「…あれ?」
再び部屋を振り返って違和感を覚えた。何かがおかしい。いつもと違う朝、いや昼の風景である。その正体に気づくと慌てて政宗を起きるように揺さぶった。
「ちょっと、起きて政宗!!」
「んだよ…あー頭いてえ…」
「いいから自分の体をよく見て」
どうやら体を持ち上げるのも億劫らしく、政宗は甘えるように両手を伸ばした。仕方がないからそれをもって引っ張る。ようやく上半身を起こした政宗は日差しに目を細めて、ぼんやりとを見た。
「何かおかしくない?」
「…どこが」
「もう日は昇っているわよね」
「そうだな」
「自分の体よく見て」
「……?」
意味がわからないというように首を傾けて、政宗は自身の体を見る。黒い着物、大きな手のひら、すらりと長い足。別にいつも通り俺は完璧だとでもいうように、しげしげ自身の体を眺めていたが、そこでの言葉を思い出し、外を見上げる。
そう、昼間に政宗は大人の姿のままである。そのことに気がつき、政宗は思わず歓喜の声を上げた。
「うっせーな…」
それに同じく二日酔いの元親が苦情を出すが、政宗はその苦しげな顔にと同じく枕を投げつけた。
「てんめ!」
「クッ…」
心底愉快でたまらないようで、政宗は真性のいたずらっこの笑みを浮かべて、次は覚醒してもいない慶次にどこで覚えたのかプロレス技を仕掛ける。突然訪れた痛みに眠気も吹っ飛んだのか、慶次は「いてててて!!!」とかわいそうに悲鳴を上げていた。
しばらくして、ひとしきり三人は暴れ終わった後。円になって今回の騒動の状況整理を行うことにした。
「どうして政宗は元に戻れたの?」
「そりゃ内傷も完治したから、膨大な神気が昼間でも使われなくなったおかげだろ」
政宗はうれしそうに言った。
「ついでにいうと、新しい使いと契約したことで神気が高まったこともある」
慶次の説明になるほどと頷いた。それから矢次に今が聞く機会だと思い、は質問していく。
「豊臣って何なの」
昨日の出来事をまだ把握できていなかった。やはり改めて聞いておきたいという思いが強い。
「太陽神」
「えっ、それって…」
「限りなく重要なポストだねえ。おまけに右腕の竹中は月を司る」
「本当に政宗と同じ大神?」
「政宗だって雷を担う役目だ。そして、使いであり左腕と言われている妖怪上がりの石田三成」
「使いって元親がなったやつだよね」
「そういや、なったもののどういう仕組みを知らねえな」
暢気に元親は頬杖をつきながら話を聞いている。知らずになったとは無謀というか、勇気があるというか。考えるより感じるタイプなのね、とは納得した。
「使いっていうのは文字通り神の使いっぱしりだよ。昨日はちゃんにわかりやすく伝えるために便宜上天使といったが、本来の名称は『神使』。使いという名目において主に許可されたのならばそれを使役できる正当性が認められる。本来神使にしたいのなら、眷族や同族の者が一番なりやすいが妖怪はもっとも難しいがゆえにその実力が同時に認められる。妖怪と契約を結び、調教を経て使役することに成功するんだ。その点おそらく三成や元親は特例と言っていいだろう。進んで神の使いになるやつらはいない」
慶次の言葉を噛み砕くようになんとか理解して、次の質問をする。
「それで、どうしてわたしを襲ってきたの?」
「…最近豊臣一派はきな臭い動きをしている。どうも何か企んでいる様でね、おそらくちゃんが狙われたのはそれに関係することかな」
「宗哲っつーのは何だ」
元親にとっては初めて聞く名前だったらしい。は手短に先祖の話をする。
「俺も直接かかわったことはないから聞いた話しかできない。けど四百年前、今の豊臣に匹敵するほどの織田という勢力があった。闇を司る連中で、人類を殲滅せんと目論んでいたらしい。それを阻止したのは陰陽師である宗哲と北条早雲、それから離反した妖怪上がりの神使明智光秀だよ」
「…その明智っつうのは裏切り者か」
元親は不快なものを見るような目で慶次に問う。
「調教仕切れていなかった織田信長の落ち度ともいえる。ともかくそれを竹中が知った上でちゃんを狙ったということは…」
「豊臣も織田と同じことをしようとしているってことか」
政宗が遠くを見るような目で結論を言い放った。
(100820)