昨日の敵は今日の友
「風魔!そのままそいつを守れ」
息つく暇なく、矢継ぎ早に攻撃は繰り出される。あの小さな女の子のどこにそのような力があるというのだろう?
かすがはその男を風魔と呼び、の防衛を任せた。こくりと頷いた男は、流れ弾からを鉄壁の防御で応戦する。
政宗は警戒こそしたがひとまずを守っていることだし、かすがの知り合いでもあることで不本意だが風魔の存在を黙認した。それよりも目の前の少女で手一杯なのだ。しかし、さきほどよりもの命を脅かした攻撃に殺意を抱いていた。
「どうやらまともに話はできそうにねぇな」
「話をすることなんて、ねえべ!」
どっかんと轟く音とともに雪をも押し出し、地面を抉る木槌をすれすれで政宗は交わす。大振りな攻撃は当たれば威力は抜群だが攻撃後の隙は多い。それこそが狙わんとしていることだった。政宗は少女の懐に入り小さな体に当身を食らわす。
「……ら、んまる…!!」
苦しそうに目を見開き、ゆっくりと痛みに抵抗しながらも意識の底へ少女は落ちていった。柔らかい雪の絨毯が少女を包み込む。辺りには静寂が戻ってきた。
政宗はいくらか複雑な眼差しで少女を見下ろしている。そこへ風魔はの傍を離れ、そっと歩み寄った。本来ならばさくさくと足音がするはずが、風魔はまるで風に運ばれるようにしてすいと歩く。
わたしもとが政宗に近づこうとしたところで、政宗に目で制された。政宗はこの得体の知れない風魔の存在を見極めようとしている。明確な味方と分からない限り安全の保証は出来ないため、をなるべく風魔から遠ざけたいのだ。
「を助けてくれたことには礼を言う。おまえ、誰だ」
「……」
「そいつは風魔小太郎だ、独眼竜」
口を一向に開こうとしない風魔に苛立つ政宗をなだめるようにかすがが言った。
「風魔は北条氏政の式神、謙信様へ言付けをする際よく顔を合わせた」
「北条氏政。早雲の末裔か」
政宗は納得して警戒を緩めたが「待てよ」と再び考えるような顔つきに変わる。
しかしそれよりもは驚いていた。明智光秀の謀反と共に先祖宗哲と軍神である謙信と協力して織田を打ち倒した北条早雲、彼にも子孫がいたとは。まさしく自分と同じ立場に立つ者がいたことには衝撃を受ける。
「氏政のじっちゃんはもう随分と年食っているからねえ」
「ああ、おそらく霊力も衰えている。自身を守れても、豊臣を討つまで力は及ぶまい」
風魔は慶次とかすがの言葉にまた頷き、一通の手紙を懐から取り出した。達筆な字には様へと書かれている。
「わたしに?」
は風魔の差し出した手紙を受け取り、目を通した。そこには刺客として徳川家康なる者が来たが無事退けたこと、竹中半兵衛という男に注意すること、微力ながら風魔を護衛として送り出すので役立てて欲しい旨が綴られていた。
「思い出したぜ」
政宗はそう呟きながらからその手紙を奪い、翳すように読んだ。
「ちょっと政宗、人の手紙を勝手に」
見られて困るようなものはないが、行儀悪い振る舞いに目くじらを立てたときだった。傍らで雪に埋もれていた少女がむっくりと起き上がる。
はぎくりと体を強張らせた。だが意を決心して、少女に近寄る。
「おい、馬鹿」
政宗は慌てて引きとめようとするがは構うことなく少女の手を握った。まだ覚醒したばかりでぼんやりしている少女の頭に訴えかける。
「確かにわたしは直接でないにしろ、わたしの先祖があなたの言う蘭丸、さんを手にかけたかもしれない。でもわたしは人間を助けた宗哲を誇りに思う。だって織田信長は人間を皆殺しにしようとしていた、それを命がけで防いだのよ」
「おめえさん……」
少女の目に戸惑いが宿る。
「あなたの大切な人を奪ったことを残念には思うけど、わたしは宗哲の意思を継いで同じ企みを持つ豊臣秀吉を止めなければならない」
そこでわたしは始めて豊臣を止めたいと思っていることに気づいた。
石田三成に狙われているから、政宗に言われたからじゃない。同じく頑張っている氏康さんの話を聞いて、自分もかくありたいと思ったのだ。そうして少女のような思いを残すことのないようにあくまで平和的解決の道を探りたいとも思った。
そっと大きな手のひらがわたしの肩を掴む。政宗はいつになく優しい微笑みでわたしの髪を撫でた。そうして少女の前に座る。
「森蘭丸なら生きている」
「…ほ、ほんとだべか!?」
「更生の余地があるっつってな、北条のじいさんが引き取ったのを忘れていたぜ。あいつは織田の眷属だから当然まだ北条で生きているはずだ。そうだろ、風魔」
風魔は頷いて肯定を表した。
途端に少女の目は輝く。同時にかしこまって二人に土下座した。
「すまねえ…おら、おらてっきり…」
「いいよ。それより雪女さんは名前何て言うの?」
「い、いつきだ」
「いつきちゃん、わたしは。よろしくね」
握った手のひらは人間となんら代わりのない血の通った温かみのある手だった。
(101208)