やんややんや
ふわふわと舞う雪が手に触れて解ける。後にする山は来るときと違って、とても美しく見えた。雪化粧と、言うのだろうか。
風魔から北条の居場所を教えてもらったいつきは蘭丸を訪ねに行くと喜んでいた。やはりまずは話し合うことが大事だとは切実に思う。戦いは、本当に最終手段であり下策なのだ。かの孫子も「上兵は謀を伐つ。其の次は交を伐つ。其の次は兵を伐つ。其の下は城を攻む」とある。戦わずして勝つ方法を竹中半兵衛は知っているようだった。
おそらく最初の石田三成はわたしの情報収集のようなもの。彼は次に自ら戦わずしていつきちゃんをけしかけて出雲への道を塞ごうとしていた。
「いつき、なぜこいつが宗哲の子孫だと知っていた?」
「…出雲へ行こうとしている神さんが、雪宿りに泊まっていったときおらに教えてくれたんだべ」
「どの神だ」
「つ、月だと言っていただ」
政宗の質問にいつきが答えた情報は非常にわたしたちを驚かせた。月を司る神、つまりは竹中半兵衛。彼がいつきに教え込み、戦うよう仕向けたのだ。
「胸糞わりぃやつだぜ」
政宗はぽつりと呟く。さきほどからいらいらと落ち着かない政宗の鬣をそっと撫でた。それに応えるように政宗は小さく唸る。
「…なあ、どう思う?」
「さしずめ野獣を手なずける美女といったところか」
「……!!」
「小太郎はてっきり夫婦だと思ってたってよ。俺もさっさと付き合っちまえばいいと思うんだけどな〜」
「人間の適齢期はもっと遅いと聞いている。はまだ結納を済ませるには早い」
「うーんかすがちゃんったらお堅い」
本人たちはひそひそと話しているようだが、全てこちらに筒抜けであった。政宗は龍の成りをしていても分かるほど、口元を緩める。
「俺は一向に構わねえぜ?」
「な、何言ってるのよ!最初はおかしな女呼ばわりしていたくせに」
「おかしな女には違いねえだろ」
今にも痴話喧嘩が始まると言ったところで ゴウ と一陣の風が過ぎ去った。思わず目を瞑るといつの間にやら人影が現る。
「よォ、お二人さん…と。随分大所帯になってきたじゃねえか」
にいと白い犬歯を見せて笑ったのは元親だった。政宗と平行して空を切る彼の踵からは水墨画で描かれたような雲が細く伸びている。飛行機雲と同じ原理だろうか。
久々に見た彼は少し疲れきったような表情を見せていた。わたしたちが雪山で足止めを食らっている間に彼は出雲まで奔走したのだ。無理もない。
「どうだった?西海の鬼」
「あんたの言うとおり、えれー怖いやつだった。嬢ちゃんも覚悟しておいた方がいいぜ」
「…なんでわたしが」
「この先長い付き合いになるんだから、仲良くしておくに越したことはないって」
明朗に慶次は笑いながら話に突っ込んできた。明らかに冷やかした態度には肘鉄を彼の鳩尾にお見舞いしてやる。いってえええ、と空に木霊した声は皆の談笑にかき消された。
もうすぐ出雲だ。
(110112)