遠慮なくお上がり


「あれが出雲大社だ」と言われて、遠方に見えてきた建物に目を凝らした。日本史の資料集でよく見たような高床式住居と似ている。だがしかし神らはどこへ常駐しているのだろう?いくら人に見えねども、あの大きさでは八百万も入るまい。当然神と人間の住まいは分けているはずだ。ところが予想に反して政宗はそのまま進路を変えずに出雲大社へと向かった。

「神たちはあそこにいるの?」
「あの鳥居を潜れば分かる」

ゴウと音が渦巻くほど速度が増す。耐えかねて目を瞑ってしまった。そして急にふわりと寒空から空気が変わる。むしろこれは春の陽気と同じような…?ゆっくり目を開ければ、そこはまさしく神の国であった。

「よう、お越しゃんす〜!!」

ワッと神が総出で迎える。それに合わせて桜の花が一斉にひらひひらりと舞った。さきほどの出雲大社は見る影もない。政宗は海の上をすれすれで走っていた。道はない、海が道のようなものらしい。ヴェネチアの風景を思いださせる。それから、大きな社が京都の町のように並び立っていた。数え切れない往来の神たちは政宗に気がつく度、挨拶をする。格の高いと言っていたのはあながち間違いではないようだ。

「独眼竜?」

上から凜とした女の声が振ってきた。二階の縁側に銃を立てて座る、いかにもお姉さまと呼びたくなるほど綺麗な女性が微笑んでいる。

「三代目か」

ふわっと鱗が飛び散るようにして、政宗は突然人型に戻った。ええええ!ちょっと下は水なんですけど!?慌てて受身を取ろうとしたところで、政宗にがっちりと体を受け止められた。それもお姫様抱っこなど可愛らしいものではない。俵を担ぐようにして、だ。なぜ初対面の人に尻を向けねばならぬのか。

「ふ…随分大所帯だな。おまけに神ならざる者が伺える」
「こいつの紹介は今度にしとくぜ。今は長旅で疲れていてな、さっき着いたところだ」
「そうか、ならまた後日としよう。所用がある」

待っているぞ、とだけ伝えて中へ引っ込もうとした。

「ちょ、ちょっと待って、アンタ!名前は?」

が、それをわたしではなく慶次くんが引き止める。

「雑賀衆の長、雑賀孫市だ。我らは契約者の神使となる神堕ちの集団。依頼があれば相応のものを持ち訪ねるがいい」

事務的に応えると、今度こそ孫市は姿を消した。慶次くんはぽやんとした顔で動かない。一足遅い春が彼にも来たようだった。女のわたしから見ても彼女は一目ぼれをしてもおかしくないほど美しい。おまけに惜しげもなく晒されたくびれに、重量級の胸、スタイルは抜群ときた。
政宗も隅におけないなァとじと目で見る。

「いい加減下ろしてくれない?」
「…なんだ、やけにとげとげしいじゃねえか」
「べっつに〜」
「ジェラシーなら歓迎するぜ」
「あのね、そういうの自意識過剰っていうの」

今に始まったことでもないが。早くと急かすように彼の広い背中を叩くと、それはもうドサッと効果音がつきそうなほどの勢いで落とされた。
驚く間もなく、わたしは水の上に倒れこむ。不思議なことに、水はクッションのように柔らかくを受け止めた。どうやら沈むこともなく歩けるらしい。底の見えない下を見て少しだけゾッとした。なるべく見ないようにして立つ。

「伊達の社はすぐそこだ、こっからは歩いて行く」
「あ、ねえ。さっきの孫市さんって人は…」
「そう!!孫市っていうんだね、知り合いかい?」

が尋ねようとしたところで慶次が食いついてきた。

「俺と同じ神堕ちって言ってたな?」
「Right. あいつはアンタと同じ境遇さ。本人たちには何の落ち度もねえのに生まれたときからその烙印が押されている。だが、アイツらは誇りを失わず、実力で神同等の力を見せ付けているのさ。アイツらがここにいるってことは、もう契約済みだろうがな」
「ますますいい女だねえ!」

きらきらと目を輝かせて慶次は膝を打つ。かすがは半ば呆れた視線を投げつけた。

「そうこうしているうちに、到着みたいだぜ」

元親がくいっと首を逸らす。さきほどの長屋のような社とは比べものにならないほどの、巨大な屋敷が姿を現した。いつかの授業で聞いた光源氏のような住まいに唖然とする。

「ようこそ、俺の別荘へ」

自宅はどれくらいの規模だというの?なんて、怖くて聞けなかった。


(110219)