誤算と言えば、そうだ


(なんだあの女、くそ、くそっ!)

腸が煮えくり返るとはこのことだ。政宗は女の家から飛び出して、改めて彼女の家を見下ろした。そして驚く。彼女の家は神社だ。道理で空気が澄んでいるわけか、と合点する。

(仮にも神に仕える身でありながら、龍神の俺を邪険にするたァ)

これがただの女だったら今頃雷でも落としているくらいだ。ただし神は恩を忘れない。見逃してやるだけありがたく思え、と政宗は吐き捨てた。
しかしおかしなことだ。俺はあれほどまでに傷ついていたのに、いくら清浄とした場所柄とはいえここまで回復するだろうか。政宗は自身の手をじっと見る。事の顛末を思い出して、胸糞悪くなった。竜をここまで貶めたやつには仕置きをしてやらねばならない。ともかく塒(ねぐら)に帰ろうと踵を返したときだ。

「りゅうじんではありませんか」

凛とした中性的な声が政宗を呼び止めた。傍にはこの神社の御神木と思わしき、立派な木が聳え立っている。明らかな神気を帯びていた。樹齢はおそらく自分よりも上を行くだろう。

「よォ、あんたか。謙信公」

ぼんやりと霞がかったところに彼は姿を現した。もっとも並みの人間では肉眼で見ることなど叶わない存在だ。
謙信は政宗を前にしてふっと柔らかな笑みを浮かべた。

「わたしがここにいることがいがいだったようですね」
「あんたとは神無月のときくれぇしか顔を合わせねーからな」
「それもそうでした。ふふっ、それにしてもずいぶんきらわれたようで」

どうやら先ほどの会話を覗き見していたらしい。相変わらず食えないやつ、と政宗は内心舌を巻いた。
害をもたらす存在ではないにしろ、協力してくれるほどお人よしでもない。とかく得たいの知れぬ神だ。政宗にとって至極やりにくい相手という印象があった。

「ほっとけよ」
「あのようにおなごにいうのはかんしんしませんね」
「…俺は何も間違ったことをしてねぇ」
「貴様!謙信様が間違っていると言うのか!!」

バッと謙信の前に現れたのは女だった。大方謙信公の神木を宿木としている樹精だろう。一丁前に武器を構えて、竜に勝つつもりなのか。

「気の強い女は嫌いじゃねぇ、が。今は目障りだ」
「うっ…!」

神気を込めて睨むと、強すぎる気に中てられて苦しそうに女が半歩下がる。それでも武器を下ろすことはしなかった。

「わたくしはへいきです、かすが」
「ですが謙信様」

謙信から直々に諭されて、しゅんと項垂れ後ろへ下がる。主に従順なところもいいが、如何せん盲目すぎるのが欠点だな。政宗は冷静に女を分析していた。他人の女を手篭めにすることを楽しみとしている節があるのもまた問題視される竜である。
その考えを見透かすように謙信は牽制するように瞳にやや冷気を湛えて、政宗を射抜く。さすがに神気は無駄に強い。こいつは敵に回すと厄介そうだ。

「それはそうと…からだはだいじょうぶですか」
「何のことだ」
「きづいていないならよいのです」
「そう言われると気になるだろ」
「…しぜんとわかりますよ」

意味深な発言をして謙信と、未だに睨むかすがは霞の中へ消えた。追いかけて問い詰める手もあったが、やつを敵に回さないと決めたばかりだ。だいたい神同士の闘争はご法度と決まっている。
政宗は今度こそ引き返して天へと上った。いや、上ろうとした。


(100704)