猶予はないと思へ
敷居を跨げば、レッドカーペットよろしく赤い布地が引かれた道が開けていた。そして両側にずらりと並ぶ厳つい男たち。政宗は慣れた様子で笑みを浮かべている。
「帰ったぜ」
「ご帰還お待ちしておりやした、筆頭!!」
これはやくざの出迎えか?と、度肝を抜かれるほど挨拶に驚かされた。誰も彼もがギラギラとした視線を上目遣いで送り、は身が竦みあがってしまう。それに気づいたのか政宗はごく自然にの手を引き、己に引き寄せた。
彼の従者から見ればまるで自身の女を誇示しているようにしか見えない。ただ一人だけ、正面に立ちて深々とお辞儀をする男は、するどく主の傍らにいる女を観察した。
「まったく、首を長くしておりましたよ」
「…小十郎」
「しばらく見ぬ間にご成長なされたようだ」
この男が彼らを率いているのではないかと思うほど、これはまた強面な男だった。左頬にするどく入った傷がよりいっそう不気味さを感じさせる。けれど清々しく主を迎えた小十郎という男の笑顔だけは本来の性格を垣間見せていた。よくよく見ればまさに男らしい男だ。
政宗は感極まったように言葉を一瞬詰まらせたが、すぐに精悍な顔つきに戻った。
「留守の間何かなかっただろうな?」
「ご報告は後ほど、方々も長旅でお疲れでしょう。おい長曾我部、案内してさしあげろ」
「あぁン?なんで俺が」
「てめえはもうちっと神の使いっぱしりである自覚を持ちやがれ」
強烈なビンタが頭に入る。元親は心底痛そうに蹲った。すっかり主ではなく従者に調教されている。そういえば元親の初仕事は彼に電報を届けに行くことだった。二人は初対面ではない。
「おーいてえー。独眼竜よォ、こんなにおっかねえ男が待っているだなんて俺は聞いてなかったぜ」
「鬼神の末裔ともあろうアンタがそれだ。俺だって小言は聞き飽きたさ…」
やれやれとため息をつきながら、政宗は屋敷の中へ入ろうとする。
は慌てて彼の手から逃れた。政宗は怪訝な顔をしたが、それを気にせず小十郎の前に進み出る。
「あの、初めまして、と申します。しばらくの間お世話になります」
「これはご丁寧に。手前は伊達家に使えさせていただいております、片倉小十郎と申す者です。この度は政宗様が大変厄介になったそうで、感謝をしても尽くせませぬ」
さきほどの元親の対応と打って変わり、随分そちらこそ丁寧な言葉遣いだった。こんな明らかに年上の男の人に頭を下げられては動揺する。
「あ、頭を上げさい!わ、わたしなんて対してお役になど」
「…聞いたとおりのお方だ。政宗様にしてはかようによきおなごを選ばれて、この小十郎感心致しました」
「は?」
「よかったねえ、竜の右目にかなったようで」
「え?」
慶次は二人を結ぶように政宗とを両肩に抱く。政宗様をぜひともよろしくお願いします、と小十郎は再び頭を下げた。
訳が分からずにはかすがたちに助けを求めようとしたが既に姿はない。
「アンタには俺の室に入ってもらうぜ?ちなみに拒否権はねえ」
「なっ…」
相変わらず横暴なやつだと、すかさず誤解を解くために反対の意を唱えようとしたが、
「うおおおお筆頭のお嫁さんッスね!」
「俺たちの姐さんだああああ」
しっかりと聞き耳を立てていた野郎供の叫び声によってとうとう公に広まってしまったのだった。
(110314)