しばしの別れよ


「それで?情勢はどうだ」

の抗議を聞き流し、傍に控えている小十郎に政宗は問いかけた。恭しくはっ、と返事をして小十郎は淡々と近状を語る。

「長曾我部の報告通り、豊臣に不穏な動きがあります。妖怪上がりの神使を増強し、各方面に同盟を働きかけているようです。現在徳川と前田が傘下に、毛利は竹中半兵衛の工作により接近しつつあります。武田は現在真田が名代となっており、こちらと島津は豊臣軍の石田三成という男と幾たびか接触があったようです」
「真田ァ?武田のおっさんはどうした」
「それが…原因は不明なのですかどうも神気を損ねているようでして」
「Hum. 芳しくねえな」

唸るように政宗は声を捻り出した。目まぐるしく続く名前の羅列には混乱するばかり。

「今夜は雑賀のところへ行く」
「そ、それって孫市かい?」

慶次は自分も行くと言わんばかりに尋ねた。孫市と聞いては途端に表情が曇る。

「ああ。情報戦ならやつの十八番だ。それに三代目の審美眼にかなった相手を見極めておく必要もある」
「風来坊はどうやらさやかに執着心がたっぷりみてえだな、惚れたか?」

にやりと元親がからかうが満更でもなさそうに慶次は照れる。けれどふと気づいたように元親の顔をまじまじと見つめ、

「ちょ、ちょっとまった元親!さやかって?」
「雑賀集の頭領になる前から同属の知り合いってやつよ」

少なからずその事実に慶次はショックを受けたけれども、すぐに気を取り直した。

「俺はついていくよ」
「わたしも!」

ここまで来たら仲間はずれは許さない、とでも言うようには名乗りを挙げる。ところが政宗は静かに首を振った。

「てめえは今回留守番だ」
「何で!?」
「そーかそーか、そんなに俺と離れたくないか?」

俺もだぜ、と勝手な解釈と共にぎゅうと抱きしめられる。あまりにもイラッとしたので背中に回された手をつねれば、引きつった笑顔で政宗が離れた。

「悪いが外のほうが危ねえ。神つっても千差万別、人間が憎い神もいる。おそらく俺の到着は瞬く間に出雲中に広がったが、同時にお前の存在も広がった可能性が高い。ここにいれば俺の結界が施してある上に、小十郎がいる。だから残れ」
「……」

つまりは足手まといってこと?と尋ねなくても察した。わたしには以前慶次が言っていた通り、常人よりも強い霊力を持っている。けれどそれは不安定なもので、常に全力をもって出せるわけでもない。まだ自身の力すら制御できていない者が自己保全できるはずもない。
少なくとも政宗の足を引っ張りたくはなかった。ただ、悔しさは残る。せめてもの反抗心から無言でわたしは頷いた。

「いい子だ」

頬に政宗の唇が触れる。ついこの間までは子供のようだったのに、いつの間にか大人の顔をしていて、恥ずかしさよりも先に驚いた。

「これは俺の守り刀だ。やるから肌身離さず持っていろよ?」

渡された短刀は小ぶりの割りに随分意匠を凝らした細工が散りばめられていた。黒塗りの鞘には金箔の家紋と思わしきものが施されている。竹に雀の文様は伊達の家紋だ、と小十郎はの思考を見抜いたように付け足した。

「おお!」
「アンタも隅におけねーなァ」

途端に盛り上がるギャラリーには首を傾げたが、なぜか暖かい目で見守られる。何かこの守り刀にあるのかと尋ねようとしたが、不愉快そうに前へ出たかすがに遮られた。

「わたしはそろそろ上杉邸に行く。何か用があれば使いを遣せ」
「誰か供をつけるか?」
「結構だ。それから、くれぐれも伊達には気をつけろ。特に二人っきりには決してなるな。わたしはそれだけが心配で心配で」
「かすが…」
「おい、余計なことを吹き込むなッ!」

すっかり新たなお友達が出来た気分で、今生の別れとでもいうように手を取り合っていると、今度は政宗が不機嫌そうに割り込んでくる。

「ふん…せいぜい守ってやることだ」
「Ah? おいおい俺を誰だと思ってやがる。てめえの女はてめえで守るさ」

さも当然のようにの前に立ち堂々と政宗は公言した。かすがはそれを一瞥して姿を消す。名残惜しそうにはかすがのいた空虚を見つめるのだった。


(110527)