逢魔時
「彼は誰時には戻る」
ぎゅう、と苦しいくらいに熱いハグをして政宗は名残惜しげに離れる。
「あ…」
何か言い返さなければ。そう思ったが、気の利いた言葉は出ない。政宗は突風とともに竜へと変化し、空を駆け上る。あっという間に手の届かない、黄昏時の赤く燃えるような雲の中へ消えていった。
「……ふう」
気が付けば、見知らぬ部屋にひとりぽつねんと残されている。そういえば小十郎さんに案内されたような?上の空だったためにあまり覚えていない。
屋敷にふさわしいほどの上等な部屋だった。一階の角部屋で、縁側からは立派な園庭が臨める。夕日が目に染みるほどの光をたくさん受けた畳に体を預けて、政宗から貰った守り刀をしげしげと眺める。
何かしらの意図があって政宗が渡したのには間違いがなかった。あの反応からすると…特別な意味が込められている、のだろうか?だいたい人が承諾していないにも関わらず、嫁だの、姐さんだの、好き勝手に呼び放題で。政宗だけならいざ知らず、伊達組と呼ぶに相応しい眷属の者たちにそう呼ばれては、わたしの意見など数に飲み込まれてしまう。加えてあそこで否定するには政宗の面目をつぶしてしまう無言の圧力までかけられていた。
(わたしはどうなんだろう)
政宗のことを嫌いか好きかで問われれば好きの部類に入る。だからといってこれが恋なのかとなれば自信はない。そもそも政宗の真意も分からない。好かれているとは思ったが、恋、なのか?あの小さな男の子だった政宗を思い出す度に、子供のような好き嫌いの感情でしか浮かばないのだ。もっと激しく強い、愛しているにはほど遠いように思えてならない。
久々にぐるぐると思考が浮いては消え、まとまらない。
「よォ、退屈そうじゃねえか」
「!?」
バッと起き上がって、外を見る。庭先にはいるはずのない男がいた。黒塗りの着流しに涼やかな目元、そして不適なる笑みを携えた政宗が。守り刀を大事に持っていたと知られてはきまりが悪かったので咄嗟に懐へ隠した。
「ま、政宗、アンタ何して」
驚いて縁側によろめき出れば、それを支えるようにして政宗の手が伸びる。
「何してって、ねえ…」
拘束するようにがっしりと抱えられる。胸板に顔を押し付けるように政宗は後頭部に手を回した。これでは息苦しい。文句を言おうと口を開いた。
「 」
が、おかしい。打ち上げられた魚のようにぱくぱくと唇だけが動き、肝心の声が出ない。それを伝えようと見上げれば、怪しげに笑う政宗と視線がかち合う。そうしてわたしは気づいた。
これは政宗ではない。
「噂の竜の姫さんにお目通り叶えて嬉しいよ」
吹き込むように耳元でかすれた低い声が響く。急に眠気のようなものが襲ってきた。体が目に見えない何かにじわりじわりと支配されていくようで、全身に通う霊気がざわめいているのが分かった。だが侵入してくるその何かは甘く神経を麻痺させ、いとも容易く流れ込む。
ああ おち る
(110618)