腹を割って話したい
与えられた部屋は、予想していたよりもずっと待遇のよいところだった。八畳間、くらいだろうか。質素な必要最低限の家具と、海の見渡せる縁側がついている。そっと障子を開けて、は遙か遠くに点々と見える明かりを眺めた(まだ夜らしい)。かなりの距離はあるものの泳いでいけないこともない。逃げる算段をじっと考えていたが、後ろの猿飛という男はそれを察したように
「残念だけど、結界があるからね。逃げようったって無理だから」
と、笑顔で言い放った。表向きはにこにことした表情を貼り付けているが、いつあのように暗く底冷えするような表情を出すとも分からない。は殊更にこの男を警戒していた。
「まァ、いま石田の旦那には俺様の部下が知らせに行っている。近々お迎えが来るだろうよ?ちゃん」
「……ッ!さっきから馴れ馴れしく呼ばないでください!だいたいどうしてわたしのことを」
「そりゃ、俺様は真田の大将の神使だもの。主の為に有益な情報を集める、それが仕事さ。まあそちらさんの神使は、使いっぱしりしか能がないみたいだけど?」
「元親くんのことを悪く言わないで。それに、政宗は元親のことをそんな風に見てない」
「ふーん?」
納得していないようだが、佐助はそれ以上追及しなかった。
いちいち癪に障る男だ、とはますます嫌悪感を露にする。まるでわざわざ人の神経を逆撫でしにいっているような物言い。いったい何を考えているのかしら…もそれきり言葉を発しなかった。
「佐助、何をしているのだ。そなたは再び政宗殿の視察に行って参れ」
「はいはい。まったく神使いの粗い…」
「佐助!!!」
「あっ、給料弾んでくれよ〜?」
幸村の怒声も慣れた様に茶化して、佐助は縁側からするりと屋根へ伝って行った。
残された二人は互いに視線を泳がせながら気まずい雰囲気になる。佐助よりはマシと言えど、石田三成に引き渡そうとしている張本人である。油断は出来ない。
「巫女殿は…ゆ、夕食を済まされましたか…?」
幸村は意を決して、おそるおそると言ったように話しかけた。
そういえばまだだ。途端にその事実を思い出してのおなかは鳴りそうになった。それを堪えて幸村に精一杯の抵抗として嫌味を言う。
「詮索好きな神使がいらっしゃるなら、それくらいお分かりになるんじゃないですか」
「す、すみませぬ!そのような報告は聞いておらなんだ。ああ、聞いておけばよろしかったですな、真に不甲斐ない」
「……まだ、ですけど…だったらなんだと、」
「! ならば急いで用意させまする。お待ちあれ」
勢いよく、それはもう先程の白い犬が尻尾を振ったように出て行った。嫌味のひとつも通じずに、真に受けて答え、あまつさえ鋭く言いかけたが、返事に嬉しがり出て行くなど…。はその憎めない相手に頭が痛くなる思いだった。いっそ清清しいほどの悪役ならば嫌いになるのも簡単なのに、向こうは善意のつもりでやっている。
ならばその誤解を解くことで帰してもらえるのでは?石田三成が自分たちにした行いを話せばあるいは、と解決口が見えてきては少しだけ希望が持てた。
ぐう
同時に抑えきれない腹の鳴りが盛大に静寂な室内でこだまし、人知れずは恥ずかしがる。
これもそれも政宗が早く来ないせいよ、と一人ごちた。
(110731)