籠で水汲む


別室に案内されて、お互い向き合いながら膳に載せられた見事な和風料理を賞味する。上座には鎧とふさふさとした兜があり、見張られているようでどことなく怖い。落ち着かないのは向こうもそうらしい。先程から話そうと口を開けば、話題が見つからないのか紡いでしまう。
は最後の残り粒を咀嚼してから、椀を少し力を込めて置いた。

「単刀直入に言わせていただきます」

は改めて顔を上げて幸村を見た。彼は居住まいを正し、実に真摯な目でこちらの話を全力で聞こうという姿勢が伺える。

「わたしは以前石田三成に命を狙われました。あなたはそれを知ってわたしを彼に差し出そうとしているのですか」
「…それは、初耳でございます」
「では、石田三成が仕えている豊臣秀吉の目的もご存知ですか?」
「目的とは」
「彼等は織田信長と同じです」

幸村の顔が強張った。

「それは、それは… しかし石田殿は巫女殿の命は保証すると!」
「わたしには信用できません」

初めて幸村の瞳は揺れる。彼には優秀な神使がいたはずだ。まったくそういった情報が零だったわけではない。悩むのはいくらか心当たりのある点があるからだろう。

「今一度石田殿に問いただす。万が一そなたに危害が及ぶようであれば、この真田幸村。全力でお守りしよう」

傍に控えていた他の神使と思しき人物に何事か言い含める。幸村の周りにいる神たちはどれもこれも眷属なのか、犬そのものの特徴、耳と尾が化けたままであった。
再び別の者に部屋へと戻されたが不安は尽きない。誠意は伝わったものの、幸村が石田三成を拒めば強硬手段に出ないとは限らない。果たして幸村は守るといったが、石田より強いのか?このまま石田が来るのを黙って待っていては危険だ。

『残念だけど、結界があるからね。逃げようったって無理だから』

猿飛という男はああ言ってはいたが。
再びは縁側から水面を睨んだ。そっとつま先から触れてみる。ずぶずぶと水の中に入り、濡れた衣服が鉛のように重いが引きずるように歩いた。なるほど、薄い膜のようなものがうっすらと見える。手を伸ばすと、ばちりと静電気のようなものが走った。これが結界。

(無理って言われると、やり遂げてみたくなるのよね)

己に宿る霊力というものを信じて、手を押し付けた。ビリビリと電気が纏わりつくような感覚がの手を押し戻そうとするが、負けじと力を込める。

「と、どいて!!!」

手に霊力を集めるイメージを浮かべて、薄い膜にとうとう触れれば、シャボン玉のようにパチリと人が一人分通れるくらいの穴が開く。チャンスだ!は飛び込むように結界からの脱出を図った。

視界がクリアになる。ああ、出れたのだ。後ろでバチバチと音を立てて自然に結界は穴を塞いでいく。それを尻目には一刻も早くこの場から去ろうと泳ぎ始めた。どこであろうと構わない。誰かに助けを求めて、政宗を探さなきゃ。

「貴様、どこへ行く」

背後から聞こえた冷徹な響きを持つ声に、は心臓が止まった。


(110816)

神の国は千と千尋の神隠しの後半、雨によって海が出来た街を想像していただければと思います。
ちなみに幸村がなぜが襲撃されたことを知らなかったかというと、その時に信玄が病に臥せったからです。