誰がために争ふ
埒が明かぬわ、と大谷吉継はさきほどから口論する友の石田三成と、同盟相手となる真田幸村に気づかれないようそっとため息をついた。真田の神使である猿飛から件の巫女を捕らえたと連絡が来て急ぎ参ったというのに、やはり出せないの一点張り。
「巫女殿をいかがなさるおつもりなのか!」
「私は半兵衛様に頼まれただけだ。引き渡すまでは死なれては困る、命の保証はしておいてやるからさっさとこちらへ寄越せ」
会話は平行線を辿り、解決しそうもない。やれどうしたものか。そう思案をしていると、後方から別の気配がした。
「ヒヒッ、頼もしい同胞が来たものよ」
「大谷…それから石田、貴様らはどこで油を売っているのだ」
気品ある面構えに、艶のある手入れの行き届いた九本の尾。あまつきつねより最上位の空狐(くうこ)として三千年生きた毛利元就は、どさりと女を落とした。胡乱げに石田が毛利を見ると、分からぬかとばかりに女を顔が見えるように転がす。女は着物は水でぐっしょりと濡れ、顔が真っ青だ。
「み、巫女殿…!!」
真っ先に気づいた真田は慌てて近寄り、呼吸を確かめる。それを冷たく見下ろす毛利は、知らぬ顔で石田の方へ近づいた。
「このような女一人に何を手こずっている」
「……礼は言わない」
「フン、そのようなもの端から求めておらぬわ。望むは毛利家の安泰よ」
それから大谷に向き直り、これでいいだろうとばかりに視線を投げた。確かに主の誠意受け取った、という意味を込めて大谷が頷くとその間に雷が夜を照らすように走った。
「ぬうッ」
慌てて距離を取り、降りてきた方向を見る。そこには黒い龍が雷雲を背負ってこちらを静かな怒りを灯し睨んでいた。
政宗はそのまま空から突撃し、地面を抉って土煙を立たせた。そのまま人の姿へと戻り、真っ先に石田三成を目掛けてひた走る。手加減はいらないと知っているので、最初から六爪を抜いた。キィンと刃が金属音をたて、鍔競り合う。さすがだなと思わず口笛を吹いて余裕を見せたいところだが、あいにくとここは敵地で四面楚歌。早々に切り上げなければならない。
銃声が響いたのを合図に政宗は即座に身を引いた。土煙が段々と引いていく。
「貴様ら、どこから沸いて出た…」
唸るような声で石田は歯軋りする。石田、大谷、毛利、そしてうろたえる真田とそれに控える猿飛を挟んで、政宗、を抱える小十郎、元親、孫市、慶次、家康と陣取っている。
「三成、悪いが巫女殿は渡せない」
「…家康!貴様、秀吉様を裏切るつもりか!!」
「排除しようという考えでは駄目なんだ、三成。我ら神と人とは手を取りあい、築いていかねばならない関係だ」
「御託などどうでもいい。そちら側に回るというのであれば、私は容赦しない」
ゆらりと三成の体が傾いたと思えば家康の前に現れる。それを孫市が受け止めた。
「我ら雑賀衆は契約の鐘により徳川の援護に徹する」
「そこをどかぬか貴様ァァアア!!!!」
凄まじい神気と妖気が渦巻く。それを尻目に、政宗は「久しぶりだな」と幸村へ声をかけた。彼の怒りと後ろめたい気持ちが幸村の喉を絞める。
「しっかりしてよ、大将。今はとにかくちゃんの身柄を取り返すことじゃない?」
「しかし…!このままこちらへいたのでは」
しばらくのぐったりとした様子を見て、幸村は目を閉じ決意した。
「行かれよ、政宗殿。そしてどうか殿を戦禍の及ばぬところへ」
「Ah? 俺が言うのもなんだがいいのかよ、アンタこのままじゃ家康同様裏切りもの扱いだぜ」
「ご心配痛み入るが、某とて手加減はせぬ」
「なるほど…少しは大将らしい顔つきになったじゃねえか、真田幸村」
「貴殿が巫女殿を守り通す器がなくば、某が保護致す。いざ勝負、伊達政宗!」
好敵手を前にして矛を納めるという訳にはいかないらしい。欲望のままに、刀と槍を携えて討ち合う。
「ということみたいだから、とっととちゃんを俺様に渡して、竜の旦那の背中を守りに行けば?…まあ、既に右目が傷ついているみたいだけど」
「これくらいかすり傷だ」
が攫われた際、竹中半兵衛の奇襲を受けていた小十郎は確かに体にはいたるところ傷がついていた。の警護を薄くし、あわよくば小十郎を引き抜こうとしていた半兵衛の謀略には思わず見事だと賞賛を送りたくなるほど鮮やかな手口だ。まんまと盗まれた挙句に、自分はこのざま。小十郎は心底自分の失態に苛ついていたため、佐助の言葉はまさに火に油を注ぐよう。バチバチと主と同じ雷を身に纏う。
「ったく、血の気の多い神さんたちだねえ」
「毛利テメェはどうする?」
「知れたこと。貴様らを冥土に送るまでよ」
采配を掲げて、まわりの神気を吸収するかのように光る。慶次と元親は攻撃に備えるように武器を構えた。
こうして出雲での戦いの火蓋が切って落とされたのである。
(111105)
毛利は無印の衣装と武器です