きっと彼の為なんだろう


(あーらら、あてが外れたみたい)

組みし易いと思って対峙した相手は、満身創痍のはずが驚くべき力を残していた。忘れていたわけではないのだが、片倉小十郎はあくまで眷属であり神使ではない。以前は政宗に剣の指南をしていたくらいだから、相当の腕を持つ。それが今までにない苛立ちからか普段の型が消え去り、剣筋は荒く、神気を乗せているので威力が凄まじい。を庇いながらも守りではなく攻撃に転じる気力に佐助は押されつつあった。おまけにこちらは周りを警戒しながら分身も潜ませているので、なおさらである。
圧倒的強さを持つと思えた石田三成も怒りで我を忘れたように、突進しているため大谷の援護射撃でもカバー仕切れていない。その点冷静な孫市と三成に比する力を持つ家康は強い。また、政宗と幸村の実力は好敵手とはいえまだ幸村には埋められない差があった。毛利も二対一では旗色が悪い。

「毛利、テメェ逃げる気か」
「戦略的撤退も時には必要ぞ」

そう思っていた傍から毛利は彼の神使と思しき狐たちに相手をさせ、背中を向ける。ここいらが引き時だな、と佐助も監視にまわしていた分身を集めて小十郎の行く手を止める。本体自身は幸村へと走り、彼の撤退を促した。大谷もその動きを見て即座に三成を宥めて引かせようとする。
それを察してか政宗は早々に刀を納めた。小十郎も垂れていた前髪を掻き、改めての容態を確認する。

「必ず、必ず貴様らの首を秀吉様の御前に並び立ててやるッ…!」
「……三成」

しぶとくも残ろうとした三成も最後には捨て台詞の残して大谷に連れられた。家康は道をたがえた友を寂しく見送るも、すぐに思考を切り替えて政宗の元へ走る。

「どうだ、独眼竜。竜の右目」
「思ったよりも悪くない。一晩寝かしてやれば快方に向かうだろう」
「攫われたと聞いたときには肝が冷えたぜ」

小十郎からの身柄を受け取った政宗は、その存在を確かめるように頬を撫でる。ひんやりとした体温にぎょっとしてすぐに羽織で身を包んでやった。

「ここからなら徳川の屋敷が近い、一度そこに場所を変えて介抱してやれ」

孫市の提案をありがたく受けて政宗たちは急いで移動した。



霧が立ち込めているように視界がぼやけている。は目を凝らして、どこにいるのか知ろうとした。鬱蒼と木々が生えた森の中、どこかで見たことがあるような景色である。

「おや、これはよい拾いものだ」

ふと声が聞こえた。優しくて温かい、どこか懐かしい声が。茂みをかきわけそっと様子を伺うと、平安風の立派な身なりをした男と大樹の根に転がる小さな竜が見える。男はそっと竜を抱き上げると、霊力と思われる小さな光を彼に注いだ。みるみるうちに竜の神気は増して、パチリと金色の瞳を開ける。
男の声や顔にも見覚えがあったが、あの黒い竜はそれよりも確かに見覚えがあった。

「なんだ、男か」
「恩人へ真っ先に言う言葉がそれかな、随分躾のなっていない龍神だ」
「……助かった」

竜は男の手を離れて、小さな男の子へと姿を変える。真新しい傷を隠すよう右目に巻かれた包帯と真っ黒な着物を着た少年は間違いなく、政宗だ。

「アンタ、名前は」
「私は宗哲。どうぞよろしく、龍神殿」
「そうか宗哲。俺は伊達家十六代目当主輝宗が嫡男梵天丸だ。何なりと願いをひとつ言うがいい」
「ではお言葉に甘えて、」

ゆらりと景色が変わって次は平野と呼ぶに相応しい見渡す限りの野原が現れる。行く手には禍々しいほどの神気が満ち溢れ、対峙する陣に政宗と宗哲の姿があった。隣には北条氏政に似た好々爺の早雲、そして謙信がいる。

「みなさんお揃いで、よい戦日和となりましたね」

その後ろからぬめりと這い出たように現れる男に思わずは見えていないだろうに後ずさりした。白か銀か見分けのつかぬ長髪に刺々しい甲冑と、死神のような鎌を携えた男は爛々とした目を政宗たちではく遙か前方に向けている。戦を楽しみで仕方ないとでもいうように、ぺろりと舌で乾いた唇を舐めた。

「むなくそわりい」
「…明智殿もよい面構えで」
「ええ、待ちに待ったこの日です!ああ、信長公!!早く貴方と切り合いたい」

ああ、この男があの明智光秀か。はこの男ならば裏切るなど簡単にするだろうと納得した。政宗が心底いやそうな顔をしているのを気にも留めずに宗哲はにこにこと応対している。ご先祖様は随分食えないお方だったらしい。

そうしてまた場面が変わり、今度は戦を終えた後のようだった。あちらこちらに転がる神や人の死骸を見て思わずは顔を顰める。極力視界に移さないように政宗たちを見た。
小さな苗木に宗哲が霊力を分け与える。どんどん大きくなり、根が織田信長と思われる神を絡めとって禍々しい神気を得て大樹となる。その様子をまた別の少年を抱えた早雲が見守っていた。
宗哲の合図を受けて謙信がそっと大樹の中へ入っていく。それとともに戦場の穢れが浄化されるように清浄な神気で溢れ、次々と芽が生え、育っていく。そうして力を使い果たしたように宗哲の体が倒れた。慌てて政宗の小さな手が抱え上げる。

「宗哲、宗哲死ぬな…!」
「梵天丸。私の無理な願いを叶えてくれてありがとう。そして次は私の遺言だと思って聞いて欲しい。どうか、再び人類の危機を迎えた折は私の子孫を助け、導いてやってくれ。一度だけでもいい、頼む」
「こんな時までテメェは他人の心配ばっかりしやがって、それくらいこの龍神様にかかればお安い御用だ」

その言葉を聞いて安心したように宗哲は微笑み、瞳を閉じた。政宗の小さな嗚咽が聞こえる。ああ、そうか、だから

?」

泣きそうな政宗の顔がそこにはあった。



(111105)