天道を敷かんと欲す
目の前いっぱいに広がる政宗の顔、は倦怠感の残る体に鞭打ちゆっくりと彼の両頬に手を伸ばした。少しだけ、政宗の方がひんやりと冷たい。
すぐに彼の腕がの背中を抱えて、体を掬われる。
「ふふ、前にもこんなことあったね?」
忘れもしない、雪山での遭難のとき。時間にすればたいして過去でないはずなのに、政宗と別れてひどく経ったような気がする。
ぎゅうぎゅうと痛いくらいに締め付けられて、本音を漏らすと静かに体が離れた。それでも顔だけは吐息が触れるほどに近くて、彼のひとつめがじっとこちらを見つめてくるものだから何とも身の置き所がない。
「お前はよほど俺を心配させるのが得意らしーなァ?」
「……ごめんなさい」
「政宗様、だけを責めてくれますな。主命に添えず、至らないこの小十郎めが…!」
「頼むからここで切腹だけはするなよ、you see?」
「そうですな、考えが及ばず、病み上がりの殿の前で失礼致しました」
白装束の小十郎さんが傍に控えていたことにぎょっとして、隣室で事を計ろうとするのを慌てて推し留める。
事の顛末は、豊臣家の忍の報告により政宗の外出を狙って、竹中半兵衛が小十郎を襲撃したその隙を、居合わせた猿飛佐助がを攫ったというものだった。おそらく武田軍の行動そのものも把握した上での策だろう。改めて半兵衛の智謀に恐れ入る。
ただひとつの誤算とすれば、その武田自身が思わぬ反撃を加えたことだろうか。未だ石田三成との同盟を望んでいるようだが、豊臣そのものに心服しているわけではないらしい。
「大丈夫だった、ちゃん。幸村に何かされなかった?」
「慶次と違って真田さんはそういうことしません」
「え、なになに?随分信頼してるんじゃないの?おっと、これは政宗の立場も危う…いってえ!」
政宗の強烈なエルボーが慶次の頬にクリティカルヒットしたのをしかとは見た。ただでさえがかどわかされ、気が気でなかった政宗の機嫌を更に損ねるような真似をするとは勇者としか言いようがない。おまけに好敵手である幸村の名前を出すとは自殺行為である。
「前田、余計な茶々を入れるな」
冷静に孫市が慶次を嗜める。そこで初めては周りに目を向けた。随分と質素な大広間に、政宗、小十郎、慶次、孫市、そして元親。ここまでは面識のあるいつもの顔ぶれだがひとり見慣れない男がいる。視線をちらりと向けると、それに気がついたのか男はにっこりと白い歯を見せた。
「初めまして、巫女殿。このようなむさ苦しいところにすまないな!」
どうやらここは彼の邸宅らしい。
「あの…?」
「紹介が遅れた、こいつは徳川家康。光を司る大神で、孫市の契約者だ」
元親が甲斐甲斐しく説明すると、家康は豪快に頭を下げて、それから握手を求める。混乱しながらも手を伸ばすと、猫が毛を逆撫でたように政宗がそれを掴み、の体ごと胸の中に閉じ込めてしまう。その微笑ましい様子に苦笑しながら、家康は本題に入った。
「わしは豊臣秀吉を討ちたいと思っている」
曇りない眼で家康はもはや意思だけではなく決意のように言葉を吐き出す。緊張走った部屋の中で、ひとりだけ俯いた男がいることをは見逃さなかった。
(111212)