決起せよ


水を打ったように静かになった部屋で居心地の悪そうに身じろぎしたのは慶次だった。だが、他は決意を固めたように真剣な眼差しを家康に向ける。彼を中心として、いま反豊臣軍が形成されるかのように思われたが、そこは一筋縄で行かぬのが政宗だ。

「家康…アンタの意見に概ね賛成だが、その覚悟を問いたい」
「覚悟なら武器を捨てたあの日からとうにある」
「Hum,その民を守りたい、相手を傷つけたくないのは分かる。だがテメェはその守りたい"絆"のために別の"絆"を壊す覚悟はあるか?」

はっとしたように家康は政宗の顔をまじまじと見た。その一つ目は試すように睨み返してくる。

「悪いが俺は生半可な気持ちを持ったやつと組むつもりはさらさらねえ。ましてや、馴れ合うことで俺らの立場が危うくなるようなら尚更だ。だったら俺らは俺らで突っ込むまでよ、なァ小十郎?」
「無論にございます。そこの坊やにも働いてもらおうじゃねえか」
「おい!誰が坊やだ、誰が!!」

元親は納得いかないように叫んだのを、隣の孫市がふふふと笑った。それだけで元親がこうして反発するのはいつものことだと分かっている二人の古い関係が伺える。
ますます慶次は言葉を発しにくいとでも言うように俯いた。はそっと前に座る慶次の裾を引っ張った。その行動に政宗は勘違いをして思いっきり、それも分かりやすいほど顔を顰めたが、構わずには顔をあげた慶次の手を取る。

「何か、言いたいことあるんでしょう?」
「あ……」

全員の視線が慶次に釘付けになる。ますます慶次の顔は苦しそうに歪んだ。

「どうしたんだ、慶次?何か、」

家康が心配そうに気遣って声をかけたのを、孫市が遮った。その意図を測りかねて家康は孫市を見たが、静かに首を振るばかり。ここは黙って待てという意味だろう。
の促しによってようやく決意が固まったのであろう、慶次は話し始めた。

「…秀吉は、俺の友達だったんだ」

慶次の告白に驚いてみな押し黙った。なにより家康の発言から続いていた今までの軍議が彼をどれだけ苦しめていたか悟る。豊臣秀吉を討つ覚悟はあるか、家康は政宗に問われていたのだから。
だが引っかかるのは「だった」という過去形である。もっとも確かに彼は今だに秀吉の友達であればもっと早くから切り出していただろうし、未然にこの事態は防がれていたかもしれないし、彼はとうに秀吉の元にいたかもしれない。様々な憶測が脳裏によぎるが、その経緯を黙って聴くことにした。

「そりゃあ昔は俺と秀吉と半兵衛で楽しく過していたけど、ある時に二人で妖魔を倒しに忍び込んだことがあった。俺たちは半人前で、まだ未熟で、そりゃあ太刀打ち出来なかったよ……それから秀吉は力を求めるようになった。その頃半兵衛が人間に呪詛をかけられたこともあって、神界の、八百万の神を統一すること、そして人間を根絶やしにすることを望むようになった。
俺はそれを知りながらもなんとなく秀吉と接することが出来なくなって、だからといって大神である叔父の利家のように立派な神になることも出来なくて、何十年も彷徨ったよ。だから俺は神堕ちに近いちゅうぶらりんな状態でいつまでも風来坊を続けていた。なにより人間界は居心地がよくてこのまま人間になるのもいいなって考えていたんだ。
だけどこのままだとその人間界すら無くなるから、みんなが秀吉を倒したいのは分かるし、俺もそうするべきだって頭では分かっている。でも……俺は昔の秀吉を知っているからどうしても決断できない。
あいつは変に生真面目なところがあって、でかい図体をしているくせに小動物が好きで、夢吉をよく可愛がって、もともと神気の少ないはんべを気遣う仲間思いで…、今でもそうだった信じている部分があるんだ」

膝に乗せた拳をぎゅうと痛々しいほどに握る慶次の手を開くようには再び手を取る。慶次はようやく胸につっかえていたもやもやを吐き出したことで少しすっきりとしたように、いつもよりは弱々しいが笑顔を作った。
しかし政宗はあくまでも姿勢を崩さず、彼の性格上同情という言葉を知らなかった。

「……生憎だが、俺は今の豊臣しか知らねえ。会ったらを苦しめた分だけぶった斬ってやるつもりだ」
「独眼竜!」

容赦の無い返答に家康は声を荒げたが、涼しい顔で煙管を吹かす。

「いいんだ、家康。その前に俺が秀吉をぶん殴って目を覚まさせてやればいいだけの話ってこと」

ようやくいつもの調子を取り戻したのか、晴れ晴れとした笑顔で、背負った大剣をぱしりと小気味よい音を鳴らして叩く。

「言うじゃねえか、風来坊は腹を括ったようだがどうする?」
「ここで怖気づいては三河神の名が廃るというもの。わしも秀吉を恐れるあまり忘れていたが、誰にでも等しく大切な絆がある。それぞれがそれを大事にする事できっと大きな絆が出来よう!わしはそれを成して見届けるまでだ」
「OK…いい返事だ」
「なら、決まりだな。ではこの上弦の月が満ちたときに豊臣の居城を強襲する」

孫市の掛け声と共に彼らは頷き、来るべき決戦のために準備をすべく解散したのだった。


(120128)