四面楚歌とはこのことか


「さっきはありがとな、

政宗はを伴ってひとまず自身の屋敷へ戻ろうとしたところ、慶次は後ろからついてきて照れながらも礼を述べた。

が背中を押してくれたから、ようやく話すことが出来たよ。それに向き合う覚悟も出来た」
「……くよくよした慶次なんてらしくないからね。やっぱり元気いっぱいの慶次が似合うよ」
「へへっ」

どこかいい雰囲気を作り出している二人にむっとして政宗はすかさず割って入った。

「アンタ前田筋の神だったんだな…それで、どうするつもりだ?」
「とりあえず俺は家康と孫市のところにいさせてもらうつもりだよ」

言外にこれ以上政宗がと二人っきりになりたがっているのを邪魔するつもりはないことを示した。それに満足したのか、政宗は当然という顔でさっさと行くように追い払う。言われなくとも、と慶次は部屋から出てきた孫市を追うように去った。

「政宗、助けに来てくれてありがとうね」
「礼を言われるまでもねえ。なによりお前をひとりにした判断ミスが俺の責任だ。大事な物はやっぱり傍に置いておかなきゃならねえな」
ごく自然な流れで政宗はを引き寄せた。いつもはここで反発するも、一人捕らえられて寂しい思いをしたせいか、今は人肌恋しくそっと政宗に寄り添う。その反応に満更でもなさそうな顔をして政宗は手をつなぎ、歩き出す。ひとつひとつの指に通すその仕草はまさしく恋人が愛を確かめ合うようで、元親は「お熱いねえ」と冷やかす。すかさず小十郎が嗜めるように彼の頭を叩いたが。

「しかしよう、あの狐はなんだったのかねえ…」

道中、元親はの救出作戦においての過程を思い出して首を捻った。

「狐?」
「…ああ、あれか」

小十郎も記憶を辿り、納得して不思議に思った。さっぱり訳の分からないに政宗が説明してやる。

「そういえばがいないっていざ気づいたときに狐が迷い込んできたな…あいつが指した方角が真田の屋敷だった。かなり密度の高い神気を感じてがいると確信したが、今思えばあの狐は予め俺たちを導く為に来たんだろうな」
「神使の一種か、眷属か、それとも式神か。正体は知れねえけど、狐っていうとあのいけすかねえ毛利っつう大神が天狐だろ?」

実際に戦った元親は、彼の尾の数が九本だったことと、事前に知っていた情報から検討をつける。

「軽く千年は生きている化け物並みの神だからな」
「せ、千年!?気の遠くなるような時間を生きているのね…神は見かけによらないってよく分かったわ」
「まああいつは自分の保身しか考えねえから、案外どちらにも寝返られるように俺たちに力を貸したっていうのはある。戦いにも消極的だったように見えたし、なによりを真っ先に見つけたのは毛利だったろ」
「あー…確かにあいつの攻撃はだいぶ温かったな」

うんうんと政宗の推測に元親は納得した。

「じゃあ、今度会ったときはお礼を言わないと」
「やめとけ。見返りにどんなことを求められるか分かったもんじゃねえぞ」

そうこうしているうちに政宗の屋敷が見えた。ようやく戻ってこれたという感慨が沸いてくる。

「満月までにはまだまだ時間はある。まずは病み上がりですので、様は養生なさいますように。すぐに部屋をご用意いたします故」

主と同じように腰を低くして小十郎は先導した。どう考えてもこの待遇では主の妻、ということだろう。はなんとなくそれを思い出して、急に恥ずかしくなって政宗を距離を取った。ありがたく部屋で休ませてもらおうと小走りに小十郎を追いかけようとしたところで、政宗に腕を引かれる。

「小十郎、それには及ばねえ。こいつは俺の部屋で寝かせる」
「はあ!?ちょっと何言って…」
「人間界にいたときもそうだったろう?いまさら遠慮するなよ」
「そうでしたか。政宗様が傍にいらっしゃられるなら、いつ何時また軒猿のような者めが侵入しても安心ですな」

まったく反論することもなくすんなり受け入れられてしまい、の言葉は黙殺されてしまった。ぐいぐいと政宗の部屋に押しやられて、ここでは誰もが政宗に味方するのだという事実に気づき、敗北を悟ったのだった。


(120128)