緩やかに減速してゆく
さも当然のように布団に潜り込み、隣を空けて待つ男をわたしは容赦なく場外へ蹴り飛ばした。
「Ouch!! なにしやがる…」
「わたしの部屋を用意するつもりがないならアナタが出てってちょうだい。わたしは一人で寝ますから」
いそいそと中央を陣とって寝ようとするを、そうはさせじと政宗が捲って入ろうとする。は懸命に掛け布団と敷布団の隙間を開けまいと張り付いた。
「今更恥ずかしがんなよ、子猫ちゃん。夫婦だろー、が!」
「だから!わたしは、了承してないっていってんでしょー!!以前は母親を人質に取られていたけど、今はそーも問屋がおろさないわよ」
ぐいぐいとお互いが引っ張り合いっこになって、運動会の綱引きのビジョンが頭に浮かんでくる。それほど拮抗していた力が突如ふっと抜けて、その反動では後ろにひっくり返った。したたかに背を打ち付けて、今度はが痛がる番である。
「もー、なんなのよー… 政宗?」
手を離した当人は呆けたように固まったままで、罠かと思ったが尋常ではない様子にそろりと近寄ってみる。狙い済ましたかのように両の手がすかさず伸びて、をがっちりホールドした。ああ、してやられたと後悔したところで、果たして政宗はそれ以上動くことはなかった。
「?」
「……」
その切ない呼び声が会ったときの政宗をどこか彷彿させた。孤独にのまれて、傷つけられまいと虚勢を張るような、痛々しいくらいの…何か。こうした政宗を人間界にいたとき、は度々目にしたことがある。誰かを拒絶して止まない鋭い視線を、わたしの母親と重ねて。
ここに来るまでの間、ゆっくりとした時間を過すこともなかったものだから、しばらく忘れていた感情が思い起こされたのかもしれない。不用意な発言だったとは己を悔いた。彼の心の傷は思ったよりも、…深い。
「なんつー顔してんだよ」
ようやく腕が解けたところで、政宗は心配していたの面持ちを笑い飛ばした。むっとして手が先に出たが、としてはその言葉そのままそっくり返してやりたいところだった。
(なんつー顔してんのよ)
どことなく忘れられないくて、しょうがないからいつものように政宗と同衾して夜を明かした。勿論神に誓っていかがわしいことはない。金輪際ないつもりだ。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
朝餉の時間に、小十郎は恭しく礼を取って部屋に入った。
「これがよく眠れたように見えるかしら…」
「おや、政宗様。奥方のためにもご自重なされませんと」
いつもならば気にしないところを、昨晩はどうにも久しぶりに政宗と寝たものだから、あの出来事が相まって寝心地は最悪だった。くれぐれもそういう意味じゃないというのに、盲目な家臣には通用しないらしい。政宗も否定しないものだから、より性質が悪かった。
「豊臣がどうやらこちらの動きを察して、戦支度をしているようです」
小十郎はとっくに朝餉を済ませたらしい。主である政宗が食事中ではあるものの、まずはと報告に来たようだ。
「Okey…分かっていたことだ。焦る必要はねえ」
「そうですね。ただ、」
一度そこで言葉を濁した。いつになく小十郎の様子には戸惑いが見える。だが、意を決したようにひとつの文を懐から取り出す。
「お東の方からです」
その瞬間凍りついたように政宗の箸の動きが止まったのをは確かに見た。
(120303)