慈雨


「政宗!帰ろう!!」

今にも竜へと姿を変えんばかりに、火花を散らしあっている親子を見て取ったの行動は意外なものだった。バチバチと故郷に雷を落とすつもりかと思うほど、政宗の全身は静電気を纏っていたにもかかわらず、何ら抵抗なしにはその腕を引っ張った。

「……?」

毒気を抜かれた政宗はしばし呆然とした様子で引っ張られるままに席を立つ。

「待ちやれ、まだ話は」

慌てて義姫が呼び止めたが、さきほどまでおどおどとしていた人間の小娘が、まるで違った顔を見せたものだから驚いた。は明らかに敵意を持って義姫を睨んでいる。

「あなたは伊達の母としては正しいかもしれない。けど、政宗の母親としては失格よ」
「なっ……!」

そのまま力任せに襖を閉めた。
の剣幕を受けて、言葉に詰まった義姫だがすぐに我に返り、呼ばえ呼ばえと辺りにわめき散らす。と政宗は逃げるような形で曲がりくねった廊を走り抜けた。義姫の息がかかった追っ手が次々と現れるものの、政宗派と思わしき家臣らが遮ってくれる。これもひとえに政宗の人徳、というやつだろう。本人に言えば、当然だろと一蹴しそうだが。

「おい、
「あーすっきりした!!見た?あの顔!」
「え…?ああ……」
「ごめんね、政宗のお母さんなのは分かってるんだけどどーしても我慢出来なくなって」
「いや……、クッ ククッ」
「?」

戸惑いを隠そうともせず応答していた政宗だが、母と対峙していたように突然笑い始めた。とうとう気でも狂ったのかしら、と心配げには見上げる。政宗の腕を掴んだまま先を走るを後ろから掬い取って、政宗は中庭に身を投じた。瞬時に竜へと姿を変えて、上空に飛び去る。

「アンタのおかげで久々におふくろのあんな顔を拝むことが出来たぜ。……俺も腹に据えかねていたからな、すっきりした」
「そ、そう?大丈夫かな」
「今更だろ。なんだ、もう怖気づいたか」
「うーん、まあ」

なんとも歯切れの悪い様子では頭をかいた。万が一にも義母さんとなる相手に啖呵を切ってしまったことは決して褒められることではない。が、それを口に出せば政宗を調子に乗られることも分かっていたので、胸中に閉まっておいた。

「……それよりも、おまえ気にしてないのか」
「なにを?」
「俺が…弟を手にかけたことだ」
「ああ、そんなこと」

あっけらかんとした口調のに、『そんなこと』で片付けられて政宗は訝しがる。世間一般の常識で言えば決してそのように軽々しく取り扱ってよい問題ではない。

「別に政宗のしたことを肯定するわけじゃないのよ。そりゃあ聴いたときは驚いたし」

も少々やりすぎたかと思い、前置きをする。

「でもね、だからって政宗を嫌いになれるわけないじゃない。政宗のこと全然知らないわたしだけど、会ってから今までの政宗はちゃんと知ってる。上手くいえないけど、その、過去に何があったとしても、今の政宗のこと嫌いになんかならないよ。さすがに…今までの政宗が嘘だってことないでしょう?」
「……ったりめーだ」

それっきり照れくさそうに政宗はだんまりになった。
叩きつけるように振っていた雨が、霧雨のように優しくなる。生ぬるい雫はシャワーを浴びているようで心地よい。

いつか義姫さんと政宗が仲良くなれますように、とは願う。戦いが終わったら、また挨拶しに行こう。今度はこちらがめいいっぱいのご馳走を持って。


(120314)