有明の月
伊達家帰郷後ほどなくして、月は満ちようとしていた。まだ昼間にして残るその姿をは夢見心地で、縁側から眺める。そこへ小十郎が通りかかった。
「……小十郎さん、どうしたんですか?」
「ん、ああ。戦が近いからな。今のうちに土をならしておいた」
平時隙の無い、きっちりとした格好をしているイメージが強いだけに、泥臭い簡易な服装をした小十郎がには奇異に映った。まさか彼の趣味が土いじりとは夢にも思わなかっただけに、衝撃が大きい。
「そういえば片倉さんの作る野菜って本当に美味しいよね、ちゃん」
「風来坊…、おまえ雑賀のところへ身を寄せていたんじゃねえのか」
やや呆れ顔で、ふらりと訪れた慶次に小十郎は尋ねる。
「四六時中一緒にいるわけじゃないよ。今日は孫市も用事があるみたいでさ」
「それより、慶次。美味しいよねって…食べたことあるの?」
「知らないで食べてたのかい。いつも食卓に並ぶ野菜は大半が片倉さんの作ったものだよ」
信じられないような目でが小十郎を見上げると、照れくさそうに彼はそっぽを向いた。どうやら事実らしい。
「そればかりか!たまに独眼竜が献立を考えて、台所に立ってるのをよく見かけるね」
「……!?」
今度こそ天変地異が起きたような衝撃をは受けた。いったいこの主従は食に対してどれほどの研鑽を積んできたというのか。今日の夕食は味わって食べようと密かには決心した。
「で、ちゃんに話があって来たんだけどさ」
「わたしに?」
「なんだ、俺はてっきりただ飯ぐらいに来たのかと思ったぜ」
黒い羽織に袴姿の政宗が廊下の向こうから、堂々と腕を組みつつ歩いてきた。相変らず何をしても様になる身のこなしである。料理も出来ると知ってはますます複雑な心境で政宗を見た。出来すぎる男というのも困ったもので、一種の女としての嫉妬心が煽られる。
「ひどいなぁ、勿論一緒に食べていくつもりだけど。今日はちゃんを伊予河野の隠し巫女のところへ案内しようと思ってね」
「げっ、そいつァまさか鶴の字のところか!?」
「慶次もそうだけど、元親くんもたいがい顔が広いねえ」
後ろの部屋で寝ていた元親が勢いよく起き上がった。落ちぶれた鬼神の末裔である半妖という割りに、いやだからかもしれないが、神堕ちの雑賀衆に隠し巫女と人脈を持っている。
「巫女ってことは、に何か仕込むつもりか?」
「人聞きの悪い言い方だねえ……。まあ、豊臣の戦に備えてっていうより、俺としては力の使い方、つまり制御も覚えないと危ういって思ったんだよ。以前学校で石田に襲われた事があっただろう。彼に対しての霊力も、政宗の治癒に対しての霊力も並大抵のものじゃない。必要以上の力はかえって、ちゃんの体にも悪影響を及ぼす。だから鶴姫ちゃんに少しでも教われば力になれるかなって。ねえ、ど…」
「行く!!!」
慶次の言葉を待たずには力強く返事をした。
願っても無いことであった。この身に流れる宗哲から受け継いだ膨大な霊力、これを制御することが出来るならば、必要なときに彼らの力になる事が出来る。なにより政宗にいつまでも守られてばかりでは、立つ瀬が無い。
(守られてばかりでは……)
『どうか、再び人類の危機を迎えた折は私の子孫を助け、導いてやってくれ。一度だけでもいい、頼む』
あれから宗哲の言葉が引っかかってしょうがなかった。まるで未来を予見していたかのような遺言。敷かれた上を歩くような感覚。政宗が寄せてくれる思いも義務から来ているのでは?と疑心暗鬼になってしまう。
それを払拭するためにも、確かめるためにも、は力が欲しい。
「慶次、案内して。その鶴姫さんのところに」
「お安い御用さ!」
どん、と慶次が自身の胸を叩いた。
(120416)
上弦の月は昼間に残らないみたいですけど、そこは気にせずに…