この手は掴むことが出来ない
だだっ広い屋敷でドンドンと地鳴りのように響かせて歩く男が一人。政宗の腹心の部下である、片倉小十郎だ。その服装は以前と同じように土いじりをしていたのか、泥臭い。手には彼が手塩に育てたネギ。そして、誰もが腰を抜かしそうなほど凶悪な顔つきになっている。元々強面な分、凄めばより一層どこかのヤクザかと思われかねない人相だ。
「政宗様!!」
それはもう襖を壊すかの勢いで開けた。が、忽然と政宗の姿は消え去っている。ピキピキ、と小十郎の血管が浮き上がった。
あれほど奥方様(小十郎のへの認識はすっかりそうなっている)に来るなと留められていたにも関わらず…あのお方は…!
同時に小十郎はズキズキと頭痛がするような感覚におそわれた。胸中、に謝罪を述べる。急ぎ、迎えを使わすために成実を呼んだ。
「ちゃん、集中してください!」
「わ、分かってるけど…」
鶴姫は思いのほかスパルタであり、説明下手であった。もっとも霊力という実にあやふやとした定義を伝授するのだ。第六感に近いものを強要する事は、説明が難しい。習うより慣れよ、といったところか。
簡単と言われた降霊は、が思っていた通り難しかった。未だに習得は出来ていないが、武器に己の霊力を籠める段階までは上手くいっている。これを長時間続けることが出来れば豊臣戦でも役に立てるかもしれない。そう考えれば俄然元気が出た。
「ふっ……わわ!!」
突然燃え上がるように霊力が跳ね上がる。心で制御する、とはいかに難しいかが分かる。これで何度目だろうと、慌てて暴走した霊力を小さく小さくなるように心を静めた。
「焦っちゃダメですよ〜。必殺技には適していますけど、あんまり強すぎる霊力の放出は体の負担になります。精精使えて一回か、二回。今日はここまでにしておきましょう」
「うう……面目ないです…」
傍目からでも分かるほどにしゅんとは項垂れた。月が満ちるまであと数日しかないというのに、なかなか武器に霊力を保つことが出来ない。
「それはそうと、最近うなされていませんか」
「…うーん、どうだっけかな。起きると忘れているから、寝汗は確かにひどいけど」
「もしかしてここ何日かの間に不思議な夢、とか見ていません?降霊が上手くいかないのも、何かの干渉があるように思えます」
「夢……」
はて、何かあっただろうかと記憶を辿る。何かあったような気もしなくもない、が。着かれきった体では上手く脳が働かない。
「!」
その時、大して間も開いていないのに、随分となつかしい声が聞こえた。上空から一直線に降りてくる竜が一匹。ぱらぱらと鱗を散らしながら、人型に戻って、この船の上に着地する。
「政宗……」
今だけは、会いたくなかった、愛しい人。
(120508)