古の縁に肖りまして
「あら、どうしたのその子!」
娘が男の子を伴って帰ってきたので、当然のことながら母親は驚き尋ねた。はどう説明したものかと思案する。そこを空気も読まずに竜は、龍神だと名乗りそうになったのをすかさず捉えて、は口を無理やり手で塞いでやった。恨めしそうに竜がこちらを睨む。
「えーとこの子はねぇ…」
「ほれはりゅふひんは!!」
むがむがと手の中で叫ぶ。それを器用にも祖父が拾ってしまった。
「龍神じゃと!?」
穏便に済ませようとした配慮を無下にして…余計なことを。は頭を抱えてしまう。竜は理解者を見つけたことに喜び、腰に手をあてて堂々と名乗った。
「龍神が一族、伊達家当主、伊達藤次郎政宗だ。You see?」
「何を偉そうに…」
「馬鹿もの!龍神様に向かっておまえというやつは!!」
祖父に怒鳴られては不満げに口を尖がらせた。信心深い祖父はすっかり丸め込まれてしまっている。本当だから反論のしようがないけれど、これがただの男の子だったら今頃笑ってやってるところだ。母親はかわいい龍神さまね、と暢気なことを言っている。順応性が高いにもほどがある。
「ささっ、狭いところですが」
「お茶飲めるかしら。汲んでくるわね」
祖父は座布団を薦めて、母は台所へわざわざ行ってしまった。政宗はその厚意を当然のような顔で受け止め、おまけに低いと居間にある座布団すべてを重ねるように申し付ける。こいつ…実は餓鬼の姿が本来のものではないのかと疑うほど幼稚だ。そんな家族の様子にもは呆れてものが言えなかった。
「して、我が家に龍神様ほど尊きお方が何用で」
低い姿勢で祖父が竜を見上げる。そしていかにも竜はわたしのせいだというようにことのあらましを伝えた。祖父の無言の睨みが怖い。
「我が孫がとんだご無礼を!」
「俺は心が広いからな、許そう。それよりも…この娘、封を使えるとはよほど強い霊力を持っていると見るが」
「お分かりになりますか。本人は否定しているのですが、昔から小さな妖怪も退治するほどの力を持っています。情けないことにわたしには妖怪を見ることが精一杯でありまして」
「…Hum、過去に親族で著名な陰陽師や巫女はいるか」
「はい。四百年前には宗哲という力の強い陰陽師がいたと聞きます」
その名前に聞き覚えがあるらしい竜は急に押し黙った。わたしはというとまったくの蚊帳の外、というか話しについていけないので、先に出された茶を啜る。宗哲の話は昔、延々と祖父に聞かされた覚えがある。
なんでも戦国時代の最中にあって民を妖怪から救い、神にもたいへんよく愛されたという陰陽師だ。その頃陰陽師は時の権力者に弾圧され、民間に広まった存在だったようで、宗哲もここを根城に展開したらしい。
陰陽師は法師とはまた違う存在であり、なにより法師は仏教だ。廃仏毀釈以前は神社と寺院は混同していたらしいと聞くが納得だ。わたしですら未だに判別に苦しむが、神社には像がないのが特徴だろう。神は偶像化されていないからだ。ご神木といった類は依り代(よりしろ)と呼ばれる。
話が逸れた。
ともかく宗哲は一族を繁栄に導いた祖であるから、今でも尊ばれている。
「これも縁、か」
「は?」
「いや、なんでもねぇ。それよりも女」
「という名前があります、竜」
嫌味を込めて言うと、竜はさきほどと打って変わって面白そうに笑った。
「俺にも名前がある」
「政宗でしょ」
「、政宗様だろう!」
すかさず祖父が目くじらを立てた。しかし竜は怒りもせず、微笑を浮かべたままだ。居間までの態度が態度だけに気持ち悪い。
「いや政宗でいいさ。おまえから様付けで呼ばれたら鳥肌が立つ」
「そーですか」
やっぱりひねくれた部分は変わっていない。
「宗哲のよしみで世話になる間は守ってやる、有難く思えよ」
「頼んでないです。そんな命の危険性まず有り得ません」
「そうとも限らねぇぜ。俺がここにいるからな」
どういう意味だ。と、ちょっと考え込むと血の気が引いた。どうやらとんだ疫病神を招いてしまったようだ。
(100706)
いにしえのえにしにあやかりまして
余談
「ところで宗哲と知り合いみたいな風だけど、あなたいくつなの」
「俺か?少なくとも四百年は生きてるってことだ」
「(どうしてそこまで長生きしていながら性格が未熟極まりないのかしら)」
「ついでに今まで抱いた女は数知れず」
「色魔め」
色魔:色欲を満足させるために、次から次へと女性をだまし、もてあそぶ男。女たらし。