韃靼人の矢よりも速く


覚悟が出来ていなかったのは、紛れもない。自分だった。
目覚めたにはいつもより視界がクリアに見える。霧がかっていたものが、急に晴れた。そういった心持である。は跳ね起きて、一直線に元親と慶次が泊まっている部屋に駆け込んだ。

「元親!元親起きて!!」

雑魚寝状態の二人は浴衣もはだけ、布団もめくれている。その元親の襟元を掴んでは乱暴に揺すった。

「う、…あ??」

うっすらと眩しそうに元親が目を開けた。寝起きの頭でようやく相手が誰だか認識したらしい。途端に慌てて掛け布団を手繰り寄せた。

「ばっか、おま!なななんで…いいからちょっと出ろ!!」

朝の男の部屋に立ち入るんじゃねえ、と理不尽に怒られる。さすがのも圧倒されて渋々広間の方へ出た。老人並みに朝の早い鶴姫が朝餉を食べているところへ出くわす。

「おはようございます☆ ちゃん、とうとう降霊に成功したようですねっ!」
「え、お、おはよう… 分かるの鶴姫ちゃん?」
「はい。と〜っても霊と相性がいいみたいですよ。それに強力な霊力を持っているようですし、ちゃんもばっちり制御できているみたいで安心しました!これで教えることはもうないです」

にっこりと鶴姫は笑っての後ろを指差す。後ろには未だに眠そうな元親と慶次が、とりあえず身支度をして歩いて来ていた。

「帰るんでしょう?政宗さんのところへ」
「鶴姫ちゃん……」
「ふふっ わたしはここを離れることは出来ませんが、影ながらお力添えいたします。どうか神に飲まれることがなきよう」

鶴姫はぎゅうと小さな両の手での手を握った。何か温かい力が身のうちに注がれる、そんな感覚を受ける。

「しっかり、恋も成功してきてくださいね!知ってます?ここの神社、縁結びも兼ねているんですよ」



帰りは待ち遠しいせいか随分長く感じられた。それでも元親の足と慶次の風が出雲へと素早く運んでくれる。伊達家の別邸はわずかな間だったというのに、なんだか懐かしく感じられた。

「奥方様……?」

どたばたと駆け込んできた三人を目ざとく見つけたのは小十郎だった。ここで以前のだったならば、まずその呼称の訂正から入っただろう。しかしそれも、今ならまんざらでもない気分である。もっとも、はそこに構っている余裕はなかった。開口一番に「政宗はどこ」と切迫したように尋ねる。

「は、ただいま厨房の方で……いかがなされましたか?」
「ごめんなさい!後で」

場所だけ聞くと振り返らずには一目散に厨房の方へと駆け出した。もはや元親も慶次も疲れきった様子でその場に尻餅をつく。小十郎はわけがわからずに立ち尽くした。


(121208)