十五夜の調
痛々しいくらいに張り詰めた満月が闇夜の雲居から姿を現した。息を飲んで、天頂を見上げる。視界にひとつの影が移りこんだ。
「豊臣の居城は怖いくらいに静かだ…。既に風魔と佐助が潜入に成功したが、どうする?」
隠密行動には似つかわしくないほどに、凜とした眼差しでかすがは指示を仰いだ。今、まさに豊臣に反旗を翻そうと集った神々は互いに顔を見合わせる。
昨夜幾度も重ねられた軍議によって、各々すべき事は決していた。
「豊臣秀吉のいると思わしき天守への道はふたつ。特殊な神使と式神のみが行けるであろう、屋根づたいの潜入と…正面突破だ。彼らが密かに天守へ上りつめている間に、我らは陽動として派手に動きまわる。それには各地で事を起こさねばなるまい」
「回りくどいな、三代目。つまり主だった大神や神使を俺たちが各個撃破すれば問題ねーだろ?」
「ふ、今更確認するまでもないか」
孫市の言葉を遮った政宗の物言いに、皆頷く。
このために改めて研いだ六つの刀身のうち、ひとつを政宗は鞘から抜いた。彼の士気の高ぶりを示すように稲光があたりを照らす。
俄かに豊臣方から鬨の声が上がった。物見が察知したのであろう、いよいよ戦が始まる。
「某徳川家康、人と神の絆を守るため…武器を捨てて挑む!!」
「伊達政宗、…推して参る」
鉄砲玉のように二人は肩を並べて飛び出した。
「ちょ、ちょっと政宗、わっ」
「負けてられないねぇ!ちゃん、行くよ〜」
「「おい風来坊!!」」
慌てて後を追いかけようとも走ったが、勿論彼らの速さに敵うはずもない。見かねた慶次がひょいと俵担ぎのようにの体を攫った。元親とかすがの非難が飛んだが、慶次はどこ行く風だった。
「ふ、猪突猛進しか考えおらぬ愚か者供よ…」
不意に後ろから聞こえる見知った声に、ぎくりと元親とかすがは振り返る。そこには輪刀を携えた毛利元就その人が立っていた。背後に自身の眷属、もとい捨て駒である弓兵たちを控えさせている。
「お…おいおい随分と後ろにいるじゃねえか、毛利さんよォ?」
「いかに自力を消費せず、確実に敵を叩けるか。考えれば敵の後方に陣を構えるのが上策であろう。ここならば彼奴らの監視に捕まることもなく、また出遅れた少数の敵と遊んでやるには丁度よい」
「やっぱりアンタ、まともに戦う気はないってわけか。狡賢い野郎だぜ、どこまで俺たちを甘くみているんだ」
「神堕ちの半妖神使と引退した大神の樹精、二匹。我が直接手を下すまでもないわ」
「……貴様ァ!謙信様を侮辱するのは許さない!!」
「忍の嬢ちゃん!?」
安い挑発にまんまと乗ったかすがは、一目散に毛利の首を掻き切らんと突っ込んでいく。それが猪突猛進ではないのか、と元親はため息をついた。それから吹っ切れたように―いや諦めか―自身の持つ童子切をひたと構える。
「…俺たちもこんなところで足を引っ張るわけにはいかねえからな。悪いが、さっさと終わらせるぜ?」
「フン、貴様らが我のところへ辿りつけるならば、の話だがな」
かすがが前線の弓兵を、得意の暗器で絡み取って斬り崩す。それを踏み台に元親は飛び出した。それに応じて毛利も陣形を組みなおす。
こうして戦いの火蓋は切り落とされた。
(121217)