白黒つけましょう
果たして、慶次とは対峙する政宗と幸村を見た。双方神の形をしており、黒い龍神と白い犬神が月光に照らされて何とも神々しい眺めだ。絵巻物から抜き取ったような光景にはっとして息を呑む。
強い風に流れてくる黒い雲が月を覆った。辺りが電気を消したように暗くなって、獰猛な獣の咆哮が響き渡る。それを合図に二人は刃を交え始めた。政宗の稲光と幸村の焔がパチパチと火花を散らす。もはや言葉はとうに要らず、ただただ戦いを愉しんでいるようであった。
それでも、決着は早々につけるべきであった。政宗にとって幸村は好敵手ではあるものの、目前の敵は豊臣秀吉。を散々ばら狙い、竜の右目も傷つけられ、宗哲の宿願をかなえるために、落とし前をつけねば。
「政宗殿」
何度かの鍔競り合いの後、幸村はふと呼びかけた。政宗は怪訝に隻眼を細める。
「某は以前申しましたな。そなたに巫女殿を守る器なくば、某が保護すると。今でもその気持ち変わりませぬ」
「HA! 随分余裕じゃねえか、真田幸村ァ…。改めて言っておくぜ。アイツはただ守られるだけの玉じゃねえ。金輪際、今生来世においても、輪廻の果てまで、と共にいるのは俺だ。アイツの隣はお前にだって譲れねえよ」
「フッ……どうやら、その言葉に嘘偽りはないとお見受け致す…」
一際大きな音を立てて弾かれた幸村は、地面に膝をつかせた。ぜえぜえと肩で息をし、消耗しているが一目瞭然だ。同様に政宗も首筋に伝う汗をゆっくりと拭う。
雲間に隠れていた朧月夜が顔を出した。どうやら勝負はついたらしい。
「巫女殿、以前の非礼改めてお詫び致します。某の口から言うのもおこがましいことではありますが、どうかご無事で…」
敵であるのに、その身を心配するとはどこまでも幸村らしい。その清清しい笑みには思わず同じように笑顔で頷いた。
安心したのか幸村の上体はふらりと傾く。
「大将!」
どこにいたのか忽然と表れた佐助がその体を支えた。大方幸村に手出し無用と止められていたのだろう。
「すまぬな、佐助。不甲斐ない主で……これでは、お館様に申し訳が立たぬ」
「大将……」
しんみりとした主従の雰囲気に、何か声をかけてやりたいところだが、勝者が敗者にいくら言葉を重ねたところで同情と屈辱にしかならない。政宗は黙っての手を引いた。まだ、豊臣まで先は長い。ここで立ち止まっているわけにはいかないのだ。
竜の背(せな)に抱かれて、は次の戦場を見下ろす。今度は光と闇が雌雄を決していた。三成の猛攻に家康がやや押され気味のように見える。家康としては、同僚であった三成と戦うのは、なかなか割り切れない思いがあるのだろう。彼が阻止したいのは、秀吉の「人を殲滅する」という計画そのものだ。それさえ破ることができるなら、おそらく秀吉さえも助けたい気持ちが捨てきれないのだ。
「三成、どうしても戦うのか」
「くどい!秀吉様に刃を向ける貴様を生かしてはおけない!!」
彼の憎悪が、黒い妖気に形を変えて、家康に迫る。それを防いだのは、同じ妖気の銃弾であった。
「余所見をするな、このカラス!集中しろ」
「あ、…ああ、すまない。そうだったな」
孫市の援護射撃に、我に返った家康は光を纏った拳を振り上げる。
「ヒヒッ、集中するのは主の方よな」
三成の腹心大谷吉継だ。必然家康と契約を交わした孫市の足止めをすることになっている。互いに力が拮抗しているため、こちらはなかなか終る気配が見られない。それも家康の心次第であろう。彼が決意を固めることができなければ、自身の心の闇に打ち勝たなければ勝負はつかない。
政宗たち一行は次に、天まで聳える門にぶち当たった。門番と思わしき優男が一人、関節剣を携えて、佇んでいる。
「待つのは嫌いなんだ 早く決めてくれないか。豊臣に従うか、それとも…ここで朽ち果てるか!」
(130531)