守るという意思、その覚悟


「怖いのなら、そこの隅で震えているがよい。我は弱きものに憐れみしか抱かん」

秀吉は、一応といった形式でを振り返った。初めて視線がかち合う。

『秀吉ィ、アレ見ろよ!』

「……?」

慶次の、いつもの明るい声が聞こえる。ちょっと若々しい元気な声が。でも、ちらりと視線をやるが、慶次は変わらず壁に体を預けたまま、瞳を閉じている。今のはいったい何だ?は再び秀吉を見やったが、彼も狐につままれたような顔をしている。
続いて、と秀吉を襲ったのはあたたかい幻覚だった。秀吉と慶次がいる、半兵衛もいる。謙信公のところへ悪戯に行く様子、僧侶をからかったり、優しそうな夫婦と食卓を囲んだり、どれも楽しそうな…思い出? そこで、あの宗哲が見せた夢に登場した松永久秀が登場する。彼は秀吉と慶次を軽く去なし、圧倒的力を見せつけた。そう、今の秀吉のように。

『秀吉!』

慶次の悲痛な声がこだまする。ああ、これは慶次の知る過去の秀吉だ。優しかった友達の秀吉。怖い顔して力のままに弱者を虐げる彼に変わってしまったいま。

「そうか…お前は、あの宗哲の孫だったな。くだらん過去を見せおって」
「くだらない……?」

何の異論があるというのだ、と当然のように秀吉は目で物語った。

「弱さなど!我が覇道にそんなものは認めぬ」
「だから、あなたは弱いのよ!」

懐に仕舞い込んでいた守り刀を構える。霊力を意識して、繋いで、解き放つ感覚。今まで起こしてきたまぐれなどではない、自分の力を制御した上で最大放出するのだ。

「守るという意思が人を強くするもの。それを切り捨てるのは己の弱さを吐露しているにすぎないわ。
降霊術、輪廻の彼方より我が身に宿れ、宗哲!」

「仰せのままに、私の末ずえよ」

もともとの霊力は巫の目から見ても驚くべきほどの容量であったが、そこに宗哲のものが加わるとなれば言うべきもない。さすがの秀吉ですら、溢れるばかりの霊力に目を見張った。

「……?」

だが、はそのまま動かない。秀吉は何か目論見があるのかと、相手の様子を伺う。緊迫した膠着状態が続いた。
は何故かたまったままなのか。もちろん好き好んでそうしているわけではない。

(…こ、こんなに霊力があって、この先どうすればいいの!?)

そう、巫である鶴姫に手ほどきを受けたのは降霊術までであった。大変間抜けな話ではあるけれども、は持て余したこの霊力をどう相手にぶつけたらいいものかわからないのだ。

『そんなこともあろうかと!ドーン☆と必殺技を用意しておきましたよ〜!』

仄かに小さな霊力が手に宿る。殺伐とした戦場に似つかわしくない、鶴姫の朗々とした声がに呼びかけた。そういえば、別れ際に鶴姫と握手したときの感覚……陰ながら支えるとはこういうことだったのか。

『はい、そうです、刀を構えて右手を出して〜〜〜!』
「……阿毘羅吽欠 裟婆呵(アビラウンケン ソワカ)!!」

二本指で円を描き、その中心を貫く。するとどうだろう、その動きにあわせてたちまちに霊力は秀吉に向って一気に放出された。


(131108)