吹き飛んだブルー


じんわりと滲む汗が気持ち悪くなって、効果はないと分かってはいても手で顔を扇ぐ。夏は暑くてどうにも苦手だ。決して嫌いなわけではないはないがこうも照らしてくれる必要はないだろう。太陽を睨むも自殺行為だと気づいた。
朝の満員電車は窓側の端に追いやられたせいでそもそもこんなに日差しが熱いのだ。ガンガン利いている冷房も汗臭さのせいでまったく恩恵も感じられない。はあ、とため息をついて手汗でベトベトな手すりを握り直す。
部活が午後練習なら通勤ラッシュに遭う羽目にもならないのだが、部長にさんざん文句を言っても練習日程は変わらなかった。確かに夏の大会も近い。だからといってオールはあまりにもひどい。しかし部内はやる気満々の上に夏がシーズン、今しかめいいっぱい泳げないのだ。

二度目のため息を深く吐いてこつんと窓ガラスに額を預けた時だった。何かが太ももに触れた。思わずびくりと震えたが、一瞬のことであったから手がぶつかっただけだろうと即座に考えた。しかししばらくしてまた何かが触れた。今度は離れずに指か何かが当たっている。

(やだ…痴漢?)

意識するとぞわりと嫌な気分が走り、避けるようにして前へわずかに体をずらす。なおもしつこくその指は追いかけてきてすすすと太ももをなぞった。気のせいではない。明らかにこれは痴漢である。そう思うと不安が渦巻いて嫌な汗の方が出てきた。なんとかしてその指から逃れようとずれてみるが生憎の満員電車、逃げる場所がない。恐怖で声を出す勇気も出なかった。どうしよう、どうしよう。ぐるぐる思考が駆け巡る。次の駅で急いで降りようと決意する。でも耐えられるだろうか?きもちわるい。背筋が凍るほど冷めてきて、ぎゅうと涙がこぼれないように目を積むった。

「おい、てめえ!」

低い男の声がするとバッと指は離れた。後ろで小さい悲鳴が聞こえる。おそるおそる振り向くと、犯人と思わしき男は腕を取り押さえられていた。タイミングよくそこで電車はホームに入り、犯人は呼ばれた駅員に連行される。
ホームに取り残されたのはわたしと助けてくれた恩人さんであった。制服であるところを見ると学生だろう。脱色したのか太陽に反射してきらめく銀色の髪と、たくさんのシルバーアクセサリー。極めつけは左目の眼帯、いっけん不良かと思うくらいヤンキーなのに人は見かけによらないものだ。使い古されたエナメルを置いて、その人はにっと微笑んだ。

「怖かったろ、嬢ちゃん。これからは気を付けな」

無遠慮にせっかく整えた髪の毛をわしゃわしゃと撫でて、さわやかに男の子は階段を下りて行った。うっとりとした三度目のため息が自然と漏れたのは仕方ないと思う。わたしにも季節外れの春が来たようです。


(090707)