どうしてそんな顔をするの
唐突だがもうすぐ大会ということもあって、気分転換には水着を買いに行くことを思いついた。残念ながら婆娑羅の水泳部は人数が少なく、それぞれ個性的なメンバーなので大会水着を全員で買おうとはしないのである。一度前田が提案したが、伊達がはねのけた(前田が毎日部活に顔を出すならいいぜ、とは言っていたけど)。
近くのスポーツ用品店に行くと男の子たちがバッシュを眺めていたり、かわいい女子高生がジャージを探していたり。それを眺めながらは下の階へ行く。よく忘れがちだが水泳部はあくまで運動部だ。しかし水の中という特殊な競技ゆえにどうも普通とは違う気がしてならない。
水泳のコーナーへ行くと、新しいセームが売っているのに目がとまった。前から大きいサイズのものが欲しかった上にかわいらしいパンダが片隅にある。そういえば帽子の文字もはがれていた気がする…ゴーグルも新作が出ているな…、きょろきょろあたりを見回しているとふと同じような女の子が立っているのに気がついた。
「あれ、かすが」
「…?」
振り返ったかすがは相変わらず綺麗な顔をして、久しぶりだなと話す。同じ中学校の水泳部だったけれど、彼女は家から近い越後高校へ行ったから会うのは本当に久しぶりだ。ときどき大会で顔を合わせる程度である。
「曇り止め選んでいたの?」
「ああ、ちょうど切らしてしまってな。はどうしたんだ」
「わたしは水着を買いに来たの」
そうだそうだ、目的を見失ってはいけない。危うく誘惑にかられて出費がかさむところだった。
お互いの学校の出来ごとに会話を弾ませながら、かすがは一緒に水着を選んでくれた。何着か試着してからようやっと決められて会計を済ます。買ったのは薄紫色の競泳水着だった。
「それじゃあも大会に出るんだな」
「うん、またその時にだね!」
「ああ…会えるのを楽しみにしてる」
かすがにバイバイと手を振り別れる。あんなにかわいいのにまだ彼氏がいないなんて、不思議なことだと思いながら乗り換えで降りたホームにどこか見たことのある人物がいた。真剣な顔で本を読むあの人は…確か毛利くんだ。
そういえばあの時以来会ったことが無い。一見まじめそうに見えるけれど、前田と同じさぼり魔なのだろうか。少し気になって、勇気を出して声をかけてみた。
「あのっ、毛利くんだよね?」
「……貴様は婆娑羅のか」
「う、うん」
なぜ話しかけたとでも言わんばかりの怪訝な顔で返される。どうもこの人は高慢なしゃべり方をする人だ。だから元親くんとよく喧嘩をするのかな。
「それで何の用だ」
「えっと…」
「我は忙しい。用が無いなら話しかけるな」
「用ならあるよ!何であの時元親くんと喧嘩してたの?」
「…長曾我部の名など聞くだけで反吐が出るわ」
元親くんと聞いただけで、忌々しげに毛利くんの美しい顔が歪んだ。どうやらもともと仲が悪いらしい。しかし随分はっきりと言う人だなぁ、と少し驚いた。
「そのようなつまらぬことで我を呼びとめるな。長曾我部とは馬が合わない、それに我はやつが嫌いだ。理由はそれだけで十分であろう」
「…だから水泳部に顔を見せてくれないの?」
電車が来て悪いとは思いつつももう少し話をききたいと思って、尋ねるとますます毛利くんは不機嫌になって眉間に皺を寄せる。
「貴様には関係ない」
バタンとドアは目の前で閉った。一度もこちらを振り向かずに毛利くんはさっさと開いている席に座る。ひどいことを言われたのに、どこか彼の表情が忘れられなかった。気のせいかもしれない、毛利くんが傷ついたような顔をしていただなんて。
(090807)