夜空に花開く
ぎゅうぎゅうと帯を締めつけられて、思わずぐえっと蛙が潰れたような声が漏れた。それに猿飛は苦笑しながら、最後にリボンを付ける。そして髪も綺麗に飾り付けてもらって、鏡を覗けば花火大会にふさわしい浴衣姿になっていた。
着付けなど到底縁が無かったために、猿飛に助けを求めたら甲斐甲斐しく彼はすべてやってくれた。器用な男である。
「どう、俺様の飾り付け?」
「まさに孫にも衣装であります」
「自分でそれ言うかな〜」
玄関にそのまま向かって下駄を履く。日本人なのに慣れないという感覚が奇妙に感じた。歩きづらそうだがこれも元親くんのため。
「今日はありがとう」
「旦那と楽しんでいきなよ」
「やだっまだ旦那さんじゃないわよ」
「そいういう意味で言ったわけじゃないって分かってるでしょ、ちゃん」
額を小突かれて、そのまま背中を押されて猿飛家を後にした。待ち合わせは駅前、十分前には着くはずだ。裾を気にしながらそよと歩いていく。
ところが途中から雲行きが怪しくなってきた。嫌な予感がしつつ、改札の前に着く。するとポツポツと無性にも雨が降り始めた。改札から降りてくる浴衣姿の人たちも駅で立ち往生してしまう。
しばらくすると駅員が看板を設置した。そこには花火大会中止と書かれている。それに唖然として立ちすくした。
「わりぃ、遅れちまった!」
ダッシュで駆け込んできた元親くんは雨でびっしょびしょだった。幸い私服だからまだいいかもしれない。看板を指差すと、「だろうなァ」と苦笑いをする。せっかく楽しみにしていたのにこれはひどい。
しばらくどうしようかと雨宿りをしていたら、あろうことか今頃になって雨は止んでくる。遅いよと嘆く一方で、バイブの音がした。元親くんが慌てて携帯電話を取り出し、誰かと少ない会話を済ませると、それはすぐに切られた。
「猿飛からだった、これから花火やるってよ」
「え?でも中止したんじゃあ…」
「花火はそれだけじゃないってことだ、行こうぜ」
自然にぐいっと手を握られて駅を出る。ゆっくりとわたしの歩調に合わせて、さりげなく歩道側を歩く元親くんに優しいなと改めて感じる。
着いたのは本来行われる予定の瀬戸川、橋を渡ると川辺ではわずかな光が見えた。近づくとそれがいつものメンバーたちが集って花火をしているのが分かる。花火とはそういうことかとはやっと理解した。
「遅いぜ、お二人さん」
猿飛が真っ先に気づいて花火を手渡してくれた。隣では二本の花火を掲げる真田と、それに対抗したのかしらないが六本という限界に挑戦した伊達(まったく大人げない)。それに便乗して火を貰おうとする慶次は火傷をこさえていた。保護者として同卒している片倉先生がすかさず手当をしている。
驚いたことに、河内のメンバーもいた。
「やあ、さんと元親くん。お邪魔させていただいているよ」
にこやかに手を振る竹中くんと、以前会ったあのがたいががっちりした男子(後で聞いたが豊臣くんというらしい)。猿飛が風魔くんと幼馴染らしいのでついでに呼んだとのこと。そして同じく幼馴染のかすがも来ていた。
「大会の前に出会うことになったな」
「そうだね、でもこういうのいいよね」
「ああ…わたしも謙信さまとっ…!」
ぐっと握りこぶしを作って悶えるかすがに、とうとう春が訪れたのかと驚いた。
それから片隅で仏頂面をしている毛利くん。と、瀬戸内高校のメンバーも勢ぞろいしている。
「待ってました、アニキー!打ち上げ花火やりますぜー!!」
「おうよっ、俺の出番か」
腕まくりをして答えた元親くんがなんだか子供っぽくて思わす笑みがこぼれた。でもちょっとさびしい。二人っきりで花火を楽しみたかったというのもある。
「来年は二人で行けたらいいな」
振り向き様に笑う元親くん、それ反則だよ。
(090809)
猿飛氏はそろそろ割りきったようです。