目指すもの
八月に入ると、ようやくプールは復旧した。涙ながらに元親と別れることになり、はしばらく落ち込んでいたけれど徐々に元気を取り戻した。大会で再び会えるということを思い出して気を取り直したようだ。
夏で最も大きな大会は八月の初旬、いよいよ練習は大詰めに入っていた。
「リレーの引き継ぎ練習するぞー」
昼に入る前、伊達が男子全員に招集をかけた。ちょうど四人いるから、ギリギリでリレーに出れるのだ。ところがフリーリレーはまったく問題がないけれど未だにメドレーリレーで伊達と真田は揉めている。どちらもスタイル1はフリーであるため、どっちがバックをやるかで決着がつかないのだ。
「某が泳がせていただくっ」
「ぬかせ、俺の方がフリーのタイムが早いことを忘れるな」
「し、しかし…バックのスタートなど出来ぬ」
「今から練習すればいいだろうが」
「だから政宗殿がなさればよいと言っているだろう!」
このように不毛な言い争いが続いて結局練習が出来ないのだ。そんな二人に天気も嫌気がさしたのか午後から急に雲行きが怪しくなる。今年の夏は天候が不安定だ。
ターンをもっとスムーズに出来るように練習をしていたけれど、空を見上げればポツポツと降り始め、ついに光った。
「ちょっとこれはまずいって、大会前に感電死は洒落にならないよ!」
前田が真っ先に上がって声をかけると確かにと頷いて練習は中止。いくら水着とは言え、風邪をひくのですぐにジャージに着替えて管理室に集まった。座っていると窓の外から雷のさまがよく見えた。音はいただけないけれど、意外にも雲を駆け抜ける稲妻は綺麗に見えた。
花火大会を思い出して、元親くんに会いたいなぁと思う。
「はい、ちゃんの分」
猿飛がマグカップを差し出す。管理室に置かれていたインスタントの味噌汁だった。冷えた体にちょうどいい温かさ、ほっと一息つく。
「いや〜もう大会今週なんだね、俺様ドキドキしちゃう!」
みんなで自然と輪になって話し始めた。置いてあった毛布にそれぞれくるまって、なんとなく修学旅行の夜みたいな気分。猿飛が冗談めかして言うと、前田はおおいに頷いた。
「俺なんか利やまつ姉ちゃんが弁当持って来るとか言うんだもん…」
「それはある意味ドキドキだね、一位取るしかないよ〜」
「の言う通りだ。目指すは総合優勝!」
人差し指をかかげて、味噌汁をすすりながら伊達が宣言する。なんともしまりがない格好だが、かっこよく見えるのは伊達マジックだ。さすが部長、言うこととやることが違う。
「おおっ、さすが大きく出られましたな政宗殿」
「だからそのためには俺がメドレーリレーでフリーをやるしかねぇんだ」
「それとこれとは別でござる」
しれっと真田は否定して、再び騒ぎ始めた。熱い味噌汁を飲み干す対決などくだらないにもほどがあるけど前田はあおるようにはやし立てるから加熱していく。
「ちゃんも旦那に会えるのは嬉しいと思うけど、やっこさんは敵だってことを忘れないでよね?」
「うっ…!」
猿飛に痛いところつかれてむせる。会えることでうかれていたが、他校はすべて敵だ。瀬戸内高校は毎年必ず上位にいる強豪、さらに河内高校も最近実力を上げてきているし、越後高校は女子の部では去年優勝をしている。どれも考えてみれば油断のならない相手なのだ。
「とにかく勝てばいいんら、勝てば」
火傷した舌に悶えながら伊達は呟いた。
(090815)