スタートラインへ
メドレーリレーのオーダー提出五分前にやっと順番が決まった。結局伊達の方が背泳が得意であることは周知の事実だったので、そこを強調して宥めると折れてくれた。急いで猿飛が提出しに行き、ひとまずひと段落する。ところがすぐに男子四人はそれに出場しなければいけないので、大急ぎで更衣室まで行った。
と片倉先生はのんびりとプログラムとメガホンを持って婆娑羅高校のチームが泳ぐコースの対岸に腰を置いた。メドレーリレーの場合個人メドレーと順番は異なる。引き継ぎの関係上背泳が一番最初へ持っていかれるのだ。真田は落ち着かないのかストレッチをしたり、ゴーグルの紐をきつくしたり。逆に初めに泳ぐ伊達の方が悠々と椅子に座っていた。
「第三のコース、婆娑羅チーム、伊達・猿飛・前田・真田」
一人ずつ名前を呼ばれて軽く頭を下げる。第一泳者以外は横に座って待機している。そしていよいよ審判の笛が鳴った。伊達を含めた背泳を泳ぐ人は盛大にプールへ飛び込む。隣のコースはふざけて遠くまで飛ぶものだからおかしくて一瞬場を和ませた。それから飛び込み台につかまり、シンとして動かなくなる。静かに見守る中で、「用意」と言って審判はピストルを鳴らした。
一斉にエビ反りになってプールへ入水し、長くバサロをして水面へと段々上がって来る。いつも思うけれど、難しい泳ぎ故にそれは実に綺麗だった。もちろんそれはどの泳ぎにも共通するかもしれないが。
「頑張れ、伊達!」
ターンするところを狙って応援をすると、水面の下でニッと不敵に笑う伊達と目があった。相変わらず余裕綽々で美しいフォームの泳ぎ方だ。それから向こう側に戻ると、次は猿飛の番だった。
おそらく伊達が壁にタッチするぎりぎりのタイミングを見計らって彼は飛び込んだ。それもまたゆっくりとひとかきひとけりをして水面に上がっていく。彼もまたフォームが美しく、素早い泳ぎだった。優雅に見えて実際は一番泳ぎにくく燃費も悪い平泳ぎだが、猿飛は実にすいすいと泳いでいく。
他の応援に負けないように精一杯声を張り上げて猿飛の名前を呼んだ。彼はわずかに一位をいく者に近づいたところで次へとバトンタッチ、前田が豪快に飛び込んだ。
「ファイトォ!!」
やはり次のレースも控えているからか幾分余力を残しての泳ぎだったがそれでも一位との差はわずかという位置を保つ。
バタフライはまさに華といえるほど力強くまたクロールに次ぐ速さを誇る。おそらく蝶のように例えられてその名前がついたのだろうが、あいにく水泳部では誰一人その認識はないだろう。バッタと略されているためそのイメージがどことなく強い。
前田はそのまま戻ってついに真田の番がまわってきた。タイミングを計り、勢いよく飛び込んだがあっ、と二人は思った。わずかにタイミングが早かったのだ。厳しい審判だとフライングで無効となってしまう。
本人もそれを感じたようだったが、前田に引けを取らない泳ぎを見せた。本来手のかきが重視されるはずが真田の場合足だけで推進しているようにも感じられる。普通ならばててしまいそうだが、彼が他の選手と違うのは何と言ってもその体力だ。
「ラストだよ、頑張って真田!」
それに応えるように猛ダッシュで壁にぶつかる勢いでタッチした。片倉先生が計っていたタイムを見ずとも彼が一番にたどり着いたことは明白だ。
すごいすごい!感動していたのもつかの間、電光掲示板には非常にも無効の文字が。やはりフライングとみなされてしまったようだった。
がっくりとして肩を落とす真田に、さすがの伊達もからかわずに「それでも俺たちは一位だった」と元気づける。
「政宗殿!」
「それにフリーリレーこそ俺たちの見せ場だろう?ライバルチームも主力があまりいなかったしな、出てきたらその鼻挫いてやる」
「性格悪いね、伊達…」
「いったいどの口がそんなことを言うんだ、アァ?」
思ったよりもショックを受けていないようで安心した。さあ、次は前田のバッタだと皆はジャージを着てメガホンをとった。
(090901)
バサロ⇒手を前に組み、仰向けにドルフィンキックをする泳法。現在大会では15Mまでと制限されている。