出し切る


さっきの毛利くんや猿飛くんを見ていくぶんか勇気づけられた。それでも自分が泳ぐとなるとどうしても緊張してしまう。何度出てもそれは変わらない。
そっとジャージの裾を握る。そろそろ招集がかかる時刻だった。招集場所へ行こうと歩いていると、肩に突然手が置かれてびっくりする。

?そういやお前の方が先か」
「え、あ、元親くん!」

後ろにいたのは元親くんで、たぶんその次に泳ぐからいるのだろう。自分でもわかる少し震えた声に彼も気づいたのか、大丈夫だと頭をくしゃくしゃされる。

「精一杯泳げばいいんだ、順位とか周りをあんまり気にすんじゃねぇよ」
「…うん、頑張る!」

優しい言葉にちょっとだけ心休まる。それからかすがと会って、招集場所の椅子に腰かける。かすがとは違う組だったのでますます心細い。いつ帽子を付けようか、ゴーグルのきつさは大丈夫だろうかと不安で胸が押しつぶされそう。また一組、一組と減っていくにつれ早鐘のように鳴る心臓が恨めしい。
七組目、と声をかけられていよいよ出番かと深呼吸をしてついていく。今その前の組が泳いでいるところにわたしたちは各コースに用意されている椅子に座る。すぐに名前を呼ばれてドキドキしながら一礼した。

〜!ファイト!」

目の前には部活のみんながメガホンを持って叫んでくれる。嬉しくて手を振ると、頑張れと声をかけられた。少しだけ気持ちがほぐれる。
三回目の笛と同時に飛び込み台へ立った。25メートル先の壁があまりにも遠く感じる。手をつければ水底までもが深く感じた。

「位置について、用意―」

パン、と小気味の良いピストルと共に水面へ吸い込まれるようにわたしは飛び込んだ。少しだけ深く入水しすぎて、なんとかドルフィンキックで水面へ上がる。ちらりと隣を見るとやや向こうが先へ進んでいた。
少しでも負けないように、政宗や幸村の言葉を思い出して泳ぐ。

(いいか、当たり前のことだが手は前へかくんだ。もっともっと前へ、払う時も水を掴むようにしねぇと進まねえぞ)

偉そうにコーチをする政宗が目に思い浮かぶ。なるべく速くターンをすると、応援がわずかに聞こえた。「前だぞ、前!!」と声を張り上げる政宗に嬉しくなって水面の中で少しだけ笑ってしまう。

(某は体力に任せているからな…コツ、といったものは分からぬが…とにかく最後まで泳ぎきることではないだろうか)

はにかみながら教えてくれたいつぞやの幸村が見えた。最後まで、途中で体力が切れないように、でも全力で。分かっていても難しいことだ。せめて隣だけはと思って渾身の力を振り絞り腕をかく。既に腕は鉛のように感じられたが、それでも補うようにここぞとキックに勢いをつけた。
あと、あともう数メートル、赤い線を過ぎた、あと、あと少し…
ぐっと壁に手を伸ばすとそれがようやっと手に触れた。顔を出して空気をめいいっぱい吸い込む。ゼェゼェと苦しげなのが分かった。体中が熱い。
記録を取っていたお兄さんが大丈夫と声をかけてくれる。恥ずかしながらも力が入らない。手を貸してもらってプールから出ることが出来た。

「せーの、お疲れさまぁああ!」

後ろでガチャガチャとメガホンを叩いて言ってくれた言葉に、不覚にも涙腺が緩む。

「ありがと〜!!!」


(090915)