大きな前進


自転車置き場の前は水泳部のミーティングの場所だった。既に伊達は髪まできっちり乾かして立っていた。真田はまだ来ていない、ということは着替えがいつものようにもたついているのだろう。それを待つ猿飛も当然この場にはいない。そっと伊達に近付くと、じろりと睨むような目で見られた。彼は元から目つきは悪いが、まだ今日の遅刻を根に持っているのだろう。

「わ、悪かったってば。もう、しつこい男は嫌われるよ?」
「てめえに好かれたって意味ねぇ」
「そういう言い方ないでしょー!だいたい遅れたのには事情があったことを朝説明したじゃない」
の尻を触りたいと思う痴漢がいたら見たいものだな」
「ひっど…!」

せっかく顔はいいのにひねくれたこの性格じゃ台無しだ。天は二物を与えずをまさに表現したような男である。しばらく言い合いを続けていると、真田と猿飛がようやく来た。真田は走ってきたようで、シャワーを浴びたのにまた汗を掻いている。

「おまえらはいつも遅いんだよ。ミーティング始めるぞ」
「うむ、まずはお疲れ様でござる」
「俺の言葉を先に言うとはいい度胸だ、真田ァ…」

するとそこから今度は伊達と真田の口喧嘩が始まり、わたしと猿飛はそっと溜息をつくのであった。こうしてミーティングの時間は伸びていくのである。


終わった頃にはすっかり辺りが暗くなっていた。なんだかんだでいつもこういったぐたぐたな感じになるなぁ、と1人反省会をしてみる。薄暗い通学路を自転車で駆け抜けていく途中でふと思い出した。そういえばうちの学校の隣には男子校があるのだ。朝に時々すれ違う瀬戸内高校の制服を思い出せば、今日会った男の子と同じことに気がつく。
ちょっと寄り道してみようと好奇心が湧いて、瀬戸校の前を通ってみた。まだ野球部などがグラウンドで声を張り上げていた。うわあすごいとみていると、その先の建物―おそらくプールだろう―がほのかに光を帯びていた。水泳部絡みのことでもあるので、そっとフェンスから覗いてみると、大勢の男子部員たちが花火を手に持って騒いでいる。

「野郎供、次は打ち上げ花火だ!」
「待ってましたぜ、アニキーーー!!」

野球部に負けないくらいの大声が響き、ひゅるるると音を立てが夜空に花を咲かせた。アニキと呼ばれた男は次々とそれをこなしていく。暗くてよく顔が見えない、と目をこするとパッと上がった花火でそれがあの男の子だと判明した。

(う、うそ、どんぴしゃ…だ)

彼が瀬戸校だと分かっただけでも収穫だったのに、その上水泳部に所属しているとは思いもよらなかった。どうしよう、こんな偶然があっていいのだろうか。

「こら、何をやっている長曾我部っ」
「やべっずらかれ、野郎供!」

その一声でわっと部員たちは散り散りになっていった。わたしはというと、彼の長すぎる名前を必死に繰り返して忘れないようにしながら帰路についたのであった。風呂に入ったらさっそく猿飛にメールしてやろう。


(090718)

補足ですが、通学は電車→駅からチャリというルートです。学校が駅から遠い設定。