出鼻を挫かれる
「ちょうそかべくん!」
「分かった、分かったから少し落ち着きなさいちゃん」
どうどうと猿飛はを諫めて、管理室の床に敷き詰められているマットに横たわった。さきほどからこうしてちょうそかべなる人物を調べてくれと煩いのである。いつもの頼みごとならたいてい聞いてあげるが男が絡むとなると別である。誰が好き好んでライバル誕生の手助けをしなければならないのだろう。報われない、と猿飛は嘆いた。
「おい、またさぼりか」
「あ…片倉先生。そちらもさぼりでありますか」
「おまえらの成績なら付け終わったぜ。登校日を楽しみにしてな」
「うえ〜わるそう」
学校は夏休みに突入したものの、通知表は登校日に渡される。顧問の片倉先生のテストは鬼畜と叫びたくなるほど難しかったのを思い出してはアヒルさん―つまり2である―だけは現われませんようにと祈った。
それはそうと、はやる気のない猿飛は諦めて今度は片倉先生に標的を変えた。
「そうだ先生、隣の瀬戸校にいると思われる水泳部のちょうそかべくん知りませんか!」
「ちょうそ…ああ、あいつか」
覚えがあるらしく、棚に詰まっている水泳関係の雑誌を漁り始めた。これは脈ありのようである。ひそかにガッツポーズを取ると、猿飛の顔はますます不機嫌に染まった。
手にした雑誌を捲るとそこにはあの男の子が人差し指を立てて泳ぎ終わった様子の写真があった。おそらくこの指の意味は優勝か一番を指すのだろう。隣の文には「男子100M自由形/長曾我部元親(瀬戸内)」と書かれていた。
「瀬戸校の水泳部は強くてな、中でも長曾我部は去年自由形で一位を取った。うちの伊達よりも一秒も差があるくらい速いぞ」
「うわ、うわああ、かっこいい!長曾我部ってこういう文字を書くんですね。下の名前は元親くんか…あ、これ切り取ってテイクアウトしていいですか?」
「……勝手にしろ」
どうやらの目的がライバル校を調査するためではないことに気がついた片倉は呆れた。しかしそんな視線にもまったくはめげず、やっぱりこのまま持って帰ってしまおうとしている。
猿飛はますますいたたまれなくなったのか、ジャージをほっぽり出し一足先にプールに向かった。も片倉に促されてしぶしぶ準備をし始める。ところがいざ入ろうとしたとき、猿飛の待ったがかかった。
「ちょっとさ、いつもよりプールに虫が多いし真水っぽいんだ…塩素見てきてくれない?」
慌てて調べてみると、驚くべきことに塩素が作動していない。原因は分からないが、これはまずい。塩素がないプールは不衛生だ。
「伊達に真田、今すぐ大腸菌にやられたくなくばプールから出ろー!」
「あァ!?」
すぐさま二人は上がってきて事情を説明すると、今日はもうプールに入れなくなった。片倉先生も頭を悩ます。とりあえず明日業者を呼ぶが果たしていつ直るかどうか…せっかく夏が始まったばかりというのに早くも前途多難なことになってしまった。
(090719)