思わぬハプニング


いつもは熱い熱いと思うだけの通学も、ここ最近はご機嫌であった。自転車をこぎながら近づいてくる瀬戸校に緩む頬がおさえられない。元親くんとちゃっかり暇があったら指導してもらう約束もこぎつけ、それが楽しみでしかたなかった。
浮かれて忘れないようにきちんと自転車の鍵をかけて、更衣室の前へ来ると後ろから「おい」と声をかけられた。聞きなれない声に振り向くとおそらく瀬戸校の男子生徒と思わしき男の子が威圧感たっぷりに立っていた。真夏だというのに長袖を着て、しかし整った顔は随分涼しげだった。

「貴様、そこに何用だ」
「あ…わたし婆娑羅校の水泳部で」

無礼な物言いだったが当然の質問であったので、は丁寧に理由を説明すると納得いったようにそうかと呟いた。驚くべきことにそのまま礼も言わずに男の子は中へ消えていく。結局名乗りもせず、よく分からない人とという第一印象が残った。
疑問に思いながらも、今日は予め水着を着てきたので服を脱ぐだけ脱いですぐにプールサイドへ上がった。どうやらあの人と元親くんに続いて三番目に今日は来れたらしい。
二人は何か口論している様子だったがこちらに気づくと、先ほどの人はふいと管理室に隠れるように入った。それを呆れた様子で元親くんは見て、それからこっちへ歩み寄る。

「よう、嬢ちゃん。朝早くから偉いな」
「元親くんには負けます。それより、さっきの人は…?」
「ああ。しばらく休んでいたうちの副部長、毛利だ」
「…幽霊部員なんですか?」
「いや、訳ありでな。ははっ夏だっつーのにうちには幽霊が全然いねぇよ」
「こっちはたまに化けて出ますよ」

もっとも夏休みにもなるのに化けてすらきません、と付け加えると元親はその言い回しがおかしかったのかぷっと吹き出す。二人して笑いながらストレッチをしていると続々と人がやってきた。
今日は指導してやるという元親くんの申し出をありがたく受け取り、真田とともに二人してコーチをしてもらう。教え方はすごく上手くて勉強になることばかりだ。

「なるべく前をかくように意識しろ、真田は最後までかききれてないぞ!」

しかしちょっぴりスパルタなのが難点である。それでも優しく懇切丁寧に教えてくれるからますます尊敬してしまう。
と、何やらプールサイドで喧嘩腰の毛利くんの声が聞こえる。元親くんはそれを見るなり、続けていろと言葉を残して彼のところに向かった。何を話しているか好奇心はあったが大人しく真田と練習を再開する。毛利くんってもしかしたら問題児なのかな、どうして怒っているんだろう。悶々と考えながら泳いでいたせいか、泳いでいる途中で急に右足に鋭い痛みが走った。瞬時に直感する、つった!
かつてないほどの痛みで、コースロープを掴もうとするも痛すぎてそれどころではない。ぎゅっと右足を手でかばうようにあてると深いプールだから溺れそうになる。頭は混乱して、何をするべきか分からなくなった。

ちゃん!?」

遠くで猿飛の声がする。それから水に誰かが落ちるような音、誰かが近づいてくる。伸びた手に縋りつくようにつかまるとそのまま足をぐっと伸ばしてくれた。より痛みが走り、半泣きになったが段々痛みは和らいでいった。

「上がれるか?」

涙で滲んだ先で心配そうな顔をしていたのは元親くんだった。やっと考える余裕が出来ると急に恥ずかしくなって、俯きながらうんと返事をする。そのままプールサイドまで導いてくれると、猿飛もまた青ざめた顔でこちらを見ていた。猿飛は手をかしてくれて、びっこを引きつつ肩を借りてシャワーの方へ移動する。

「あんまり無茶しないでよね、俺様心臓が止まるかと思った」
「…ごめん」
「今度からはもっと気をつけないとな、念入りにストレッチするか」
「元親くん」
「あン?」
「その…助けてくれてありがとうね」
「どうってことねぇよ」

それから猿飛も、と付け加えるとおまけかよと苦笑いされた。温かいシャワーの中で、ぎゅうううと足を伸ばされる。ああ、よかった水の中で。きっといま涙のせいでひどい顔だったから。


(090724)

足をつると本当に痛いです…、これ実際に部活の男子に助けられました。シャワーは男女別だったから自分でしたけど。海で溺れるのは足がつったという原因も多いそうなので、気をつけましょうね。