ふう、と腰を落ち着けたのは縁日から少し離れた茶屋だ。活気付いた雰囲気は好きだけれど、疲れてしまうのは仕方ない。運ばれてきたみたらし団子と緑茶でほっとひといきつく。

「夢吉、あーん」
「キキッ」

慶ちゃんの肩に乗るお猿さんにひとくち団子を上げれば、小さな口で美味しそうに頬張った。ずっと気になっていたので、とうとう名前を聞けばますます愛着が沸き、かわいらしいお猿さんだ。

「俺も、俺も」

慶ちゃんはずいっと顔を近づけて、大きな口を開ける。苦笑しながらも最後の一個をあげた。幸せそうに団子を咀嚼する慶ちゃんと夢吉を見て心が和む。
お腹がいっぱいになったところで、再び京の町を歩こうと立ち上がった。
お互いに何も知らぬ二人が、こうして共に京都見物をしている。そのことがひどく物語のようにおかしい。

「アンタの友達見つからないな」
「…そうですね」

すっかりそのことも忘れていた自分に驚いた。この時間があまりにも楽しくて、ついつい現実逃避をしてしまう。けれどこの安らかな時にも終わりが来るのだ。

(残念に思っている?)

わたしはまだ一緒にいたいだろうか。たった数時間前に会ったばかりの、この男と。これでは馬鹿にしていたあの子たちと何ら自分は変わらない、と自嘲する。自分も大概に馬鹿だったらしい。

「そうだ、アンタさ。もしこのまま友達が見つからなかったら俺の家においでよ!」

ああ、そう馬鹿だ。彼と離れる時が間近に迫っているというのに、いまさらながらにそのことを認識するとは。
視界に真新しい露店が入った。傾きかけた日の光を浴びて、きらきらと光る宝石細工。

「あっ、別に疚しいことを考えているわけじゃないさ。それに俺の家には叔父夫婦もいるから安心しなよ。利とまつ姉ちゃんって言うんだけど、二人とも優しくてさァ」

慶ちゃんの言葉が砂嵐のように背景と化す。
わたしの目はきらりと眩しい簪に釘付けだった。見覚えのある、なつかしいようでそこまで経っていない。すべてのきっかけに等しいそれに。

「美味しい飯をたらふく食って、あったかい布団にくるまって、そしたらまた明日のことを……どうしたんだい?」

さすがに黙っていたわたしを不審に思ったのだろう。わたしの視線を追いかけるようにして慶ちゃんは早合点した。

「あの簪が気になるなら俺が」
「待って!!」

慌てて彼の伸ばしかけた手を掴む。わたしを喜ばそうと思ってくれたに違いない。ところが思った以上の剣幕に、ただ事ではないと感じ取ってくれたようだった。「どうしたの?」小さく、優しい声に涙が溢れそうになる。
近いようで、あの簪を取るには随分と距離を感じた。

「アンタ、もしかして」

帰りたくないと言えば、この人は庇護してくれるだろう。だけどわたしが積み上げてきたツミキは崩れることを良しとしない。小さな紙飛行機は跳ね返って落ちた。

「ごめんね」

現実は斯くも残酷である。わたしは意を決して簪に手を伸ばした。
そのときの慶ちゃんの顔が忘れられない。ひどく悲しそうな顔をして、何かを言いかけて、止めた。宙ぶらりんの手がわたしを掴めず寂しそうに泣いている。
しゃらんと音がしたような気がした。


(110223)