ふう、と息をついて布団に顔を埋める。この一年は他国との戦が頻発に起こり、国も疲弊してきている。課される激務に耐えつつ、流浪の将を養い、戦場に赴くのはあまりに過酷であった。それでも弱音が吐けないのは女という立場にいるからだろうか。甘えを見せればすぐさま侮蔑の目を向けられるのだ。負けられない、という意地から常に気を張っているのも疲れの原因の一つに挙げられる。
(せめて、休みくらいあればな…)
短い睡眠時間も度重なれば山となる。段々体が重く感じるようになり、部下にまで心配される始末だ。休息は必要なのだが、いかんせん今は大事な時なので自分だけそうは言っていられない。着々と北で領地を広げる曹操軍に対抗するためにも呉は団結が試される時である。同盟を組む蜀もどことなく信用は出来ない。特にあの軍師は腹の底で何を企んでいるか分からないような人物だ。
あれこれと考えを張り巡らせていると頭が痛くなってきた。
「よお、邪魔するぜ」
「……興覇?」
光がわずかに差し込み、誰かと思って首を傾けると立っていたのは夫である興覇であった。彼とは同僚であり、任務で顔を合わせるうちにお互い意識し始めて結婚に至ったのだ。そんな馴れ初めであるから実を言うと彼と顔を合わせる時間は非常に少ない。最近は任務ですら会えなくなり、すれ違うことが何かと多いのだ。彼も忙しい身なので忘れらているかなと思いきや、時々贈り物を届けてくれる心づかいに触れ、よりいっそう彼への思いが強くなる。
だから彼と会うことはとてもうれしくて、同時に緊張もした。久しぶりの夫婦の対面である。慌ててこんな醜態をさらけ出すにはゆくまいと居住まいを正すと、興覇は笑って隣に座った。
「疲れてんだろ?横になってな」
「だ、だけど…せっかく興覇が来てくれたのに」
「俺はあんたの顔が見れて十分だ」
わしゃわしゃと頭を撫でて、横になるように促す。少し拗ねたように口を尖がらせてみると、彼はますます笑みを深くした。優しく髪を撫でる武骨な手が愛おしい。そっと暗闇の中でどちらともつかずに口づけを交わした。
(090717)