「貴方様がお出で下さるなんて思いもよりませんでした」

粗茶ですが、と微笑む彼に淹れたばかりの湯気が立つ茶を差し出す。

「いただこう」

相変わらずぶっきらぼうな物言いで彼は、石田三成は綺麗な所作で茶を飲み下した。こうして会うのは、わたしが彼の屋敷に奉公していたとき以来だ。
女にも見間違うほどの美しい顔をした三成様ならば寄ってくる貴婦人があまたいるはずなのに、まったくといっていいほど関心がなかった。主である秀吉様のために心を砕き、不正を許さずに糾弾する物言いから生意気だと疎んじられることもしばしばあった。彼の性格と職業柄そうでなくてはならなかったのだが、なにぶん理解者が少ない。
当時は読み書きの出来るわたしを珍しがってよく話し相手に呼び出されたものだ。さすがに軍事機密に関わることも言えるはずも無く、ちょっとした人間関係について意見を求められることが多かった。なにしろ敵が多い。

懸念したとおり、秀吉様という大きな柱をなくした豊臣政権は真っ二つに分かれてしまった。
決して仲がいいというわけではなかったが豊臣の下、共に支えあった加藤清正様、福島正則様…そしておねねさままで徳川方についたことは悲しいことだった。

三成様は彼等に大戦を仕掛ける手はずで佐和山城で忙しく業務に追われているはずだった。近々総大将を毛利に据え、徳川方と戦が起こると巷ではもっぱらの噂である。それがどうしてここにいるのか。

「急なお越しでしたがどうしたのです?」
「迷惑だったか」
「いえ、そういうわけでは」
「……お前に会いたくなってな」

剥いた柿を落としそうになった。まさか三成様から睦言のようなお言葉をいただけるとは夢にも思っていなかったのだ。義を掲げて挑む戦に明日の生死は分からない。そういった感傷的な気持ちがそうさせたのか。

「三成様もご冗談を言われるのですね、驚きました」
「俺は冗談が嫌いだ」
「ええ、存じております。さ、どうぞ」

庭で取れたばかりの柿を差し出す。三成様はどこか感慨深げにそれを眺めた。それからふっといつになく優しげな笑顔になる。

「そうだな…、もうよいか」
「え?」

聞き返したところで、返事はなかった。夢でも見ていたのだろうか。空になった湯のみと器、三成様の姿は無い。

後になってその日、三成様が六条河原にて斬首されたとの知らせを聞いた。その際に彼は水所望したが、手元に無かったので柿を差し出されたらしい。しかし柿は痰の毒であると三成様は断ったそうだ。最後まで命を惜しんだ彼らしい言葉である。


(111001) 三成追悼