「治部少輔殿が参りました」
「お通しして頂戴」
下座にしずしずと三成は上がり、深々と頭を下げた。いつもながらわたしは「面を上げよ」と言うのだが頑として三成はそれを拒否する。今回もわたしの方が根負けをして、そのまま話を続けることになった。
三成と話すことは他愛もないことばかりだ。世間話だったり、秀吉様のご様子についてだったり、自身の部下についてもときどき話してくれる。先日は左近という浪人を召した話も聞いた。
人々はよく三成を非難するがわたしはこの男が嫌いではない。むしろ好きの方が多い。確かに堅物で、時折自信家で、高慢ちきにも取れるかもしれない。けれど彼は実際に有能な家臣で、本当は優しいし、憎まれ役を買って出るときすらある。秀吉様について話すときなど童のようにほほえましい。
「昨日はお伺い出来ませんでしたが、何かございましたか」
「そうですね…、お膳がいつもより豪華だったくらいかしら」
「それは?」
「昨日はわたしの生まれた日でして」「は…?」
「で、ですから、昨日はわたしが生まれた日でして」
「いえ繰り返してくださいとおっしゃったわけではなく。どうしてそんな大事なことをいま!しかも過ぎてから!!」
「え、ご、ごめんなさい?」
三成は頭が痛いと言って、もともと下げていた頭をもっと下げていた。は〜、小さなため息がこちらにも聞こえてくる。やるなら本人に聞こえないようにやって欲しいものだ。どうやらわたしはまだ三成に呆れられたらしい。
別にいいじゃない、生まれた日など。人は正月にひとつ年が増えていくという決まりなのだから。そう洩らすと、三成はますます呻いた。
「いいわけがないじゃありませんか。姫様が生まれた日ですよ?」
「三成だって生まれた日くらい…」
「俺のはいいんです」
きっぱりと言い返されてしまい、はあそうですか、としか言いようがなくなってしまう。どうせ言わなければ気づかなかったくせに。言わなければよかったわ、と少し後悔してしまった。几帳面な三成のことだから気にするに決まっているのに、わたしとしたことが。彼の仕事を増やしたくはない。
「それよりも、何か欲しいものなどございませんか」
「…言ってどうするのです?」
「買い付けてきます。ご安心ください、外交には少々自信もあります。出島で異国の品も取り寄せることなど造作もありません。どうぞ何なりと」
「特にございません」
「遠慮なさらないでください」
「別に欲しいものなどこれといってないのです」
「いいえ、あるでしょう」
「ありません」
「あります!!」
終いには口論のようにお互いある、ない、を繰り返す。どうもわたしたちはいつも意見が合わない。これではキリがないと思ったので趣向を変えてみた。
「なら三成、おめでとうございますと言ってください」
「…おめでとうございます」
「もっと心を込めて、祝福するように」
「誠におめでとうございます」
「力強く、わたしの顔を見て」
「誠におめでとうございます!!」
「よろしい」
にっこり笑うと、三成は気が抜けたような顔をした。ついにつられて三成が顔を上げてくれた。整った顔が不服そうに崩れているのが少し残念だが。
「…それだけでは俺の気が済みません」
「わたしの気は済みました」
「姫様、」
「もう下がってよろしいですよ。また明日も来てくださいね」
「……」
渋々といった様子で、再び頭を下げて三成は退室した。まったくあの頑固頭には悩まされる。おかげで今日はいいものが見れたが。
「ふふっ、三成のあのわけが分からぬといった顔!」
あそこまで精一杯おめでとうと言われたのは初めてだ。自分で命令したとはいえ、嬉しい。今夜はぐっすり眠れそうね。
そうして清々しく朝を迎えたとき、仰々しく客間は珍しい品々で埋まっていた。どれも高級な調度品ばかり。本当に、あの堅物は!でも、ま、今回は有難くその好意に甘えることにしてやった。
(100630)
星子ちゃんへ!遅くなってごめんよう…三成連載完結おめでとうの気持ちも込めて。