彼が私の全てです


政宗が姿を消してはや一週間が経った。わたしの毎日は滞りなく、むしろスムーズに流れていく。騒々しい物音もない、トラップを気にかけることもない、彼の命令に脅かされることもない。それが普通のはずなのに…どうしてだろう、物足りない、なんて。

(馬鹿みたい)

いつだってわたしは政宗に振り回されている。わたしの基準は既にずっと前から彼一人なのだ。そんなことに今更気づくだなんてどうかしている。
目の前の数式は頭に入ってこない。もうすぐ期末テストだから夜を徹して勉強しているのに、これじゃあまずいなあ。そう自嘲めいた笑みを零したしたときだった。

(あ…?)

窓の外、隣の家、政宗の部屋に電気が灯った。カーテン越しに見える人影に、まさかと胸がときめく。思わず声をかけそうになって押しとどめた。これだけ心配をかけられたのだ。何かひとつ彼をぎゃふんと言わせなきゃ気が済まない。
考えた末にわたしはデジカメをそっと懐に忍ばせて政宗の家へ侵入することにした。ばれないように、彼を驚かせてその表情をカメラに収めようという作戦だ。我ながら抜かりなき完璧な作戦だと自負する。
善は急げ、わたしはさっそく気づかれないようにこっそりと裏口から伊達家へお邪魔した。そろりそろり忍び足で二階へ上がる。気分は泥棒だ。幸いなことに伊達家の人とは誰とも遭遇しなかった。
しめしめとばかりにそっと政宗の部屋まで足を運んだ。すう、と深呼吸をしてカメラを構える。そして勢いよく開けた。

「お帰り、まさむ…!!!…ね?あれ?」

パシャリ
写真に収めた驚き振り返る男は政宗ではなかった。しばしお互い呆然と相手の顔を見る。見知らぬ男が政宗の部屋になぜいるのだろう。友達?それにしては柄が悪そうな…。彼はバッグに政宗の私物(それも高そうな)を詰めているように見えた。部屋はあちこち引っくり返されている。まるで泥棒の被害に遭ったような部屋…ん、泥棒?
いきついた思考にぞっとした。そうだ、間違いないこの人は泥棒だ。驚きのあまり足が震えて動けない。
向こうも我に返ったのだろう、突然こちらへ襲い掛かってきた。十分な抵抗らしい抵抗も出来ずに廊下へ押し倒される。そのときの恐怖にデジャブを感じつつ、わたしはそこで始めて叫んだ。政宗、政宗、出てくる言葉は矢張り同じ。
首に手をかけられて酸素を求め息が苦しくなる。自然と涙が出てきた頃にそいつは現れた。

「人の家で何をしているんだ?」
「……ぐっ」

恐ろしい一撃が男の脇腹を襲った。悶え苦しみ、男はのたうちまわる。それを一切無視して命の恩人さまはわたしを抱き起こしてくださった。

「おい、くたばってねぇだろうな」
「も、もう少し優しい言葉は出ないの…?ごほっ、」

一度蒸せると止まらない。苦しい、苦しい。言葉とは裏腹に政宗は優しく背中をさすってくれる。
収まった頃には男の姿は消えていた。

「ごめんね、泥棒逃がしちゃった」
「それよりおまえの命のが大事だろ」
「…どうしてそういう恥ずかしいことを言えるのかな」
「ん、カメラ?」
「えっ、それは、えーと…あっ!!それに泥棒の顔写ってる!!」

転がっていたデジカメを目ざとく見つけた政宗は不審そうにそれを拾い上げた。すっかり忘れていたがそこには犯人の顔を映したネガが眠っている。

「ふうん、お手柄じゃねぇか」

わしゃわしゃと頭を撫でられて、ははにかんだ。久々に政宗の顔を見れることが出来て嬉しい。だけどすぐに怒りが戻ってきた。

「政宗!!どうして旅行って教えてくれなかったの!」
「Ah...教えてなかったっけか」
「メール!送った!」
「そういえば何かいっぱい届いていたような、面倒だから開けてねーわ」
「(相変わらず理不尽…)」

がっくりと項垂れて、へなへなと座り込む。どうやら緊張の糸が解けて腰が抜けたらしい。はあ、とため息をつく。
政宗は自分の部屋をしかめっ面して眺めていた。部屋を一巡してから再びの存在を思い出したように振りかえる。

「わりぃ、土産忘れた」
「…いいよ」

期待はしてなかった。というより、彼が無事に帰ってきてくれたこと。それがわたしにとって一番嬉しいことなのだ。


(100606)

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