彼の隣にいたいのです


「よっこらせ」

鞄を置いて半ば玄関に寝そべりながら靴を脱ぐ。足が外気を浴びてすうっと気持ちがよい。少しむくんだかもしれない。ストッキングにパンパンに収まった太腿をぎゅうぎゅうと揉んでやった。
それにしても…今日の結婚式は素晴らしかった。寿退社した友達の結婚式の様子を思い出す。高校時代の友人同士で結婚、まったく今にしては珍しいロマンチックな恋愛だ。幸せそうにはにかむ花嫁を思い出してほうとため息をついた。それに引き換えわたしはどうだろう。三十路手前にも関わらず浮いた話ひとつない。仕事に追われてすっかり恋愛コースから外れそうだ。
そこで政宗の顔がふっと浮いた。得意の英語を生かして大手企業で働いていると聞いている。大阪に単身赴任中らしいので、もうずうっと政宗の部屋に明かりが灯っているのを見たことがない。

「どうしてるかなぁ…」

筆不精なのであいつから近況を報告することも少ない。わたしがメールをして何日か後に返ってくるといった調子だ。政宗のことだから心配する必要はないけれど、連絡がないとやっぱり寂しい。
分かってるのかな、わたしが政宗のこと好きだって。これはもう随分前から自覚していたことだった。ただわたしたちはあまりにも友達でいることが長すぎたので、いまさらすぎるのだ。このままいくと、悔しいことに女に比較的モテる政宗は、さっさと先に誰かと付き合いかねない。理解しているのに前へ踏み出すことが出来ずにいる自分が情けなかった。

そう落ち込んでいると、振動が鳴ってびくっとは震えた。
びっくりして携帯電話を取り出しメールを確認する。差出人は政宗だった。えっ、うそ、政宗からメール!?明日は雪でも降るんじゃないか。リビングに向かいながら心なしかそわそわと開いてみた。

6/12(土) 23:46
From:dokuganryu@basara.n
e.jp
Sub:政宗
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羨ましいだろ、本場のたこ
焼きだぜ?
    -end-

添付には熱々の美味しそうなたこ焼きが貼ってある。普段はメールしてこないくせに、自慢か!!がっくりと項垂れてソファに倒れこむ。高校時代から一歩もわたしたちは成長していない。涙が出そうだった。

「…もう、人の気も知らないで。ばか」

クッションに顔をうずめたそのときだった。別のパターンのバイブが鳴る。物憂げに画面を見ると、政宗だ。気が進まなかったが早く取らないと怒られるというのが分かっていたので出る。

「もしもしー」
「遅い。ワンコールで出ろ」
「無茶言わないで…」
「メールも一分以内に返せ」
「……用件それだけ?」
「たこ焼き、美味しそうだったろ」

まさかその返事を聞くためだけにこいつは電話してきたのか?いますぐ携帯電話を投げたい衝動に駆られた。さっさと政宗が気の済むまで会話を終わらせてお風呂に入って寝てしまおう。

「うんすごく美味しそうだった」
「食べたいか?」
「食べたい食べたい」
「Ha,そうだろ!」
「もう切っていい?」
「だったらお前も大阪に来いよ」
「人の話聞けって…はあ?」

これまた突拍子もないことを言い出した。呆れてものが言えない。いますぐ来いとか言ったらぶっち切ってやる。電源をいつでも押せるように親指を置いた。

「だから食べに大阪へ来い」
「意味分からない」
「分からないやつだなお前も」
「いやそっちでしょ?」
「チッ」

あ、舌打ちしやがった!政宗が受話器の向こうでイライラしている様子が手に取るように分かる。こっちは疲れ切って頭も働きません。悪うございましたね。内心毒吐いて相手の言葉を待つ。

「嫁に大阪へ来いっつてんだよ!!」
「!?」

ブチッ ツーツー
しまったと思っても後の祭り。あまりの驚きに思わず電源ボタンを押してしまったらしい。はそれにも気づかず政宗に言われた言葉を反芻する。

「…段階いろいろ飛ばしすぎでしょ、あのばか」

苦笑してもう一度政宗にイエスの電話をかけ直した。もちろん、政宗は怒って小一時間切々と愛のある説教を言い続けた。今となっては惚気話である。


(100613)