彼の暴挙には困ります


体育の時間になっても政宗の不機嫌さは止まることを知らなかった。男女別の競技に分かれていたのだが、バスケットボールがネット越しにわたしを目掛けて飛んでくる始末だ。ドッジボールをしていたけれどまるでわたしだけは狙ってくるボールが二つのように思える。当然わたしは開始してものの数分で外野行きとなった。
六時間目の眠たくなる英語でわたしはため息をつきながらくるくるペンを回す。やや腫れた頬を手で摩り、政宗の機嫌をいかようにして治すかを思案する。このままではまずわたしの体が持ちそうにもない。
こうなったらスイーツパラダイス作戦だ。中身はいたって単純、ケーキ屋さんで好きなだけ政宗に奢ってやるのだ。出費はひどいものの平穏が保たれるにはこれしかない。放置しておけばどんどん被害が拡大するのは経験済みだ。
そうと決まれば帰りに駅前の美味しいケーキ屋さんへ寄ろう。チャイムが鳴り、ホームルームを終えて隣のクラスへ突撃する。

「政宗くん?もう帰ったみたいだよ」

にっこりと掃除当番なのか箒を持った女の子が教えてくれた。愕然とショックを受ける。以前にもそういうことがあったので事情を知るその子は優しく慰めてくれた。いつもは頼まなくても一緒に帰るのに…!
とぼとぼと重い足取りで校舎を出るとばったり自転車に乗った幸村に遭遇した。

「あれ、部活は」
「今日は休みでござる。それより暗い面持ちだがいかがしたのだ?」
「そうだ、ちょうどいいところに!ちょっと後ろ乗せて」

有無を言わさずに使い古した自転車の後輪に乗せてもらう。お腹に手を回して、駅前までよろしく、と頼めば「りょ、りょ、了解致した」どもった声だがしっかりと応えてくれる。幸村は本当に優しい。時々優しすぎてこっちが罪悪感を覚えるくらいだ。
ガタガタガタ、ひどいデコボコのコンクリートを走る。重くない?と尋ねればすぐさま大丈夫だ!と元気よく返ってくる。すいすい幸村は進んでいった。サッカー部ご自慢の脚力の見せ場といったところか。
あっという間に駅前まで到着して、一緒にケーキ屋さんへ入る。周りが見事に女の子ばかりなので幸村は恐縮していた。これが普通の男の子の反応よね、初々しい幸村にうんうんと頷く。政宗なんて視線をものともせず我がもの顔でありったけの注文をしてくのだから。

「お、おなごというのはやはりこういった甘味が好きなのか?」

帰りも送ってくれるというのでお言葉に甘えて後ろに乗らせていただく。
ふと疑問に思ったのだろう、幸村が尋ねてきた。

「ん〜好きだけどこれだけあると胸やけしちゃうかな」
「……ではいったいなぜこれだけ」
「お恥ずかしながら、それ全部政宗のなんだよね」
「政宗殿、の」

キイイイ、独特のブレーキ音、それも急がつくほど勢いのある。どうしたのって言おうとした言葉も噛んでしまった。
あ、もう家に着いたのか。ありがとうと自転車から降りればがしっと肩を掴まれる。

「幸村?」
「某はもう見てられぬ、なぜそのようには健気なのだ。政宗殿など気にしなければよいだろう」
「ううーん、でもお隣だからそうもいかないわけで。結構嫌がらせは深刻なんだよ」
「だったら!某がをお守りいたします」
「えっ…そんな幸村に悪いよ」
「悪くなどありませぬ、某は、某はをお慕いして…!!」

あれ、いま、うそ。びっくり目を丸くしていると、真っ赤になった幸村は籠に入っていたケーキ箱をわたしに手渡してすぐに去って行った。
唖然としてそれを見送る。冗談とかそういうものじゃない、なにより幸村は冗談を好まない。じゃあ、今のは告白?は半ば放心状態で玄関の扉を開けた。


(100507)