彼のことは予測不可能です
次の朝、いつも人の席を陣取っている政宗はいなかった。今日は来ないわね、と母も首を傾げる。わたしは食パンを齧りながら、どうやら相当ご立腹の様子らしいと推測した。ここまでひどいのは初めてだ。どうしよう。このままいくと、もっとひどい嫌がらせが待ち受けているのではないか。
政宗にされてきた数々の悪事を思い出すと身震いがする。暴力的ではなく、知能犯なのが問題だ。過去にはラスボス前のセーブデータを削除されたり、せっかく一生懸命やった宿題の答えを全てでたらめなものにされたり、胸のカップをあだ名にされたこともあった。
(このままじゃまずい、本当になんとかしなくちゃ!)
いつもより手早く支度を済ませて家を出る。やや小走りに急ぐと、校門付近で政宗の後姿を見つけた。よかった、とにかく謝って……
「本当にごめんね、荷物重くない?」
「これくらい平気だ。それより怪我大丈夫か」
「うん、あと一週間もすればギプスも外れるから」
え、あれ、あの女の子、政宗と同じクラスの?たくさんの憶測と予測と事実が交じり合ってわたしは嫌でも瞬時に理解した。
そうだあの子は昨日の体育で怪我をして骨折で運ばれた子だ。松葉杖をついて荷物が持てないのだろう。普段はわたしの荷物など絶対に持ちたくないと豪語する政宗がそれを持ってあげている。だから今日はわたしと来ないで早く家を出た。
ぐるぐるぐる、いろんな気持ちがミキサーのように交じり合う。気持ち悪い。吐き気がする。苦しいと叫ぶ胸を押さえる。
ちらりと政宗がこちらに視線をよこした。けれどすぐさま不機嫌そうにそらされる。凍りついたようにわたしは立ち竦んだ。
「?どうかしたのか!」
違う道から出てきた幸村が心配げにわたしの顔を覗き込むものだから、作り笑いをしてわたしは大丈夫と強がった。大丈夫、悲しくなんてない、悲しむ必要もないじゃない。政宗に振り回される生活が向こうから遠ざかってくれるならそれでいいじゃない。まるで言い聞かせるように繰り返し繰り返し心の中で唱えた。
***
教室へ行くと仲のよい友達がどしたのあれ!と驚いて駆け寄ってきた。
「さあ、わたしにも分からない」
嘘だ。だいたい想像はついている。ただ説明するのも面倒だった。重い体を引きずって席に着く。普段はあまり話さないクラスのきゃぴきゃぴとした女の子が聞いてもいないのにわざわざ教えに来てくれた。
「ちゃん、あの女の子が伊達くんに頼んだみたいよ」
「わたし狙っていますっていう態度が露骨よね」
「伊達くんが人気あるのは知っていたけど、今までそういうのは全て断ってきたのにね」
「何かあったの?」
終いには詮索までしてきた。適当に相槌を打ってはいたが押しに負けて、喧嘩をしているのだと話すと早く仲直りしたほうがいいよ、と肩をたたかれる。まったく余計なお世話だ。それから女の子の悪口まで言ってくるのでうんざりした。確かに嫌な気持ちにはなったけれど、別に女の子のせいではない。純粋に彼女は政宗に恋をしているだけだろう。
だから、わたしをこんな気持ちにさせている元凶は政宗だ。
「なんなの、もう…!」
授業中にむしゃくしゃして頭をかく。わけが分からない。気持ちが上手くコントロール出来ない。苛々する。行き場のないわだかまりがどっしりとわたしの脳内を占拠していた。
(100516)
ばっちり少女漫画のような展開になりました。