彼と私の関係は表せないのです


放課後、窓の外には一見カップルに見える男女が仲睦まじく校門を出る。ひょこひょこ歩く彼女を時折男は支えてやった。
タンタンタンタン
小刻みに指が貧乏ゆすりよろしく音を出す。傍から見てもが苛立っていることは一目瞭然だった。そしてそれを好機到来と見た男、真田幸村は彼女を「一緒に帰らぬか?」と誘う。あっさりは了承して二人は共に帰り道を辿った。
つい昨日に告白まがいなことをしたばかりだったので、てっきり気まずくなると思えば会話はの愚痴一色だった。どうやら幸村が告白したことすら忘れているらしい。
それはそれで幸村は何とも複雑な思いである。

「だいたい政宗は−」
「…っ、!」
「な、なに…?」

ついに耐えられなくなって幸村は思わず声を荒げてしまう。驚いたが恐る恐る幸村の顔を伺った。わずかな幸村の苛立ちを感じ取ったのだろう。

「昨日のことをお忘れか」
「え、昨日……。あっ、えーと…」

思い出したのか急には目に見えてうろたえ始めた。視線を泳がせて、言葉にならない声を上げる。どう返してよいのか分からないのだろう。
けれど意識はしてくれているということ。これは男としてちゃんと見られていると思っていいだろう。そこに少しホッとしつつ幸村は意を決して再び思いを告げる。

「某はが好きだ」
「……う」
「もし可能なら付き合って欲しい」

面と向かって言われるとさすがにはぐらかしたり、返事をしないわけにもいかない。は言葉を余計に詰まらせた。正直に言えば幸村をそういった対象に見たことがない。ちゃんと恋愛をしたこともない。好きも付き合うも分からない。
そして今まで見てきた幸村とまったく違う男がそこには立っているように感じられた。それが急に怖くもあり、返事に窮している理由でもある。しばらく頭の中を整理して、幸村の視線をやり過ごして、やっとひとつの結果を告げた。

「今は、無理だと思う」
「…今は?」
「正直に言えばわたしは幸村をそういう対象に思ったことがないもの」

これには幸村が少し落ち込んだ。

「とにかく今は付き合うとか、恋愛とか、そういうことに目が向かない」
「政宗殿はどうなのだ?」

断られたことにショックは受けつつも「今は」という言葉には救われる。気持ちは刻一刻と変化していくものだ。幸村にだって、政宗にだって、にだって、の心の先は分からない。
思い切って幸村は政宗のことをどう思っているかを尋ねた。何よりも気になって仕方なかったことだ。
はなぜ政宗のことを聞かれるのか分からない、といったように呆けている。

「政宗?あれは幼馴染、というより腐れ縁みたいなものだから」

その言葉に幸村は苦笑した。あのようにあからさまな嫉妬にどうしては微塵も恋心からと思い至らないのだろう。だが、もしかしたら政宗も別段恋から来るものではないのかもしれぬ。あれはどちらかというと自身の玩具を取り上げられて拗ねている子供のように思えた。幸村はそう思案してから言った。

「長くかかりそうだ」
「……ん?」
「いや、何でもございませぬ。それよりもまた駅前でケーキでも食べませぬか。某ひどくお腹が空き申した」

の手を取って歩き出す。わずかには恥じらいを見せて握り返してくれた。今はそれだけで十分と思おう。いつの日か、彼女をこちらに振り向かせよう。政宗殿、うかうかしていたら某が頂戴いたす。そっと心の中で好敵手へ宣誓布告をした。


***


「伊達くんのこと、好きなの」

言いそうな気配は先ほどからしていたので、さほど驚きはしなかった。政宗はしばらく女を観察する。それはそれはかわいらしい女だ。どこかの誰かに真似させたいくらい、女の子らしい。だが、それだけといえばそれだけ。特にときめくわけでもない、好きなわけでもない。

「悪いが」

にべもなく断った。すると女の表情は凍る。急に空気は気まずくなり、カツカツと松葉杖だけが音を鳴らしていた。

「やっぱり…さん?」

しばらくして別れ際に女はおそるおそるといった調子で尋ねてきた。そういえば断ったどの女もそれを訊いてきた。そしてその度に政宗は同じ返答を繰り返す。さも面倒くさげに、答えてやった。

「あいつは苛め甲斐があるからな」

是とも否とも取れぬ言葉に戸惑いながらも、女の返事も聞かず政宗は「じゃあな」と言って帰路を辿った。
実際のところ政宗ですらどちらか分からないのだから、あの女が分からずとも当たり前だ。愛というにはおこがましいほど陳腐ないたずら心、けれど取られるには惜しいほどの愛着はもっている。どう形容したらいいのか分からない。ただひとつだけ小さな確信は持っていた。に飽きることは決してないだろう、と。


(100603)