彼に頼る私がいるわけです
帰宅後、放心状態で夕飯もお風呂もおざなりに済ませては布団に潜り込んだ。それだけ今日は疲れたといっていい。政宗がいなかったおかげで今回は幸村のことが何よりも心を占めていた。
あの返答で大丈夫だったろうか、気を悪くしたんではないだろうか、明日からよそよそしくされたらどうしよう。何よりもそれが恐ろしい。ただそれは幸村にも同じことだろう。ただ冷蔵庫に眠るケーキたちは大丈夫だと言ってくれているような気がした。
そうだ、明日こそ政宗にケーキを渡そう。また昼休みの屋上でみんなと笑って食べれたらいいのに。いつまでもいつまでもこの状態が続くと私が耐えられない。
(上手くいきますように)
そっと瞼を下ろしたそのときだった。
ガタン
小さくも耳障りな音が窓からした。カラカラと窓が動く音もする。この真夜中に女性の部屋へ邪魔をする不届き者は誰だろうか。まさか政宗?前例もないことだからびっくりして体を起こし見やればそこには−
「ひっ…」
何かが突然飛び掛ってきた。小さな悲鳴とともにの体は再びベッドに押し戻される。髪がひどく長い、政宗ではない。えもいわれぬ恐怖に襲われる。必死で相手の肩を押すも男のように強い力で動かない。怖い怖い怖い怖い怖い、誰か、誰か…!
そう思ったとき、本当に、口をついて出てしまったのだ。
「ま、政宗、助けて!!」
***
唖然としてを見下ろした。そう、これもほんの出来心に過ぎない政宗のいたずらだった。長い髪の鬘を購入して驚かしに侵入したのだ。暗闇で目が見えないせいか、政宗と知らずには悲鳴を上げそうになったので、ついうっかり押し倒してしまった。
攻防戦を繰り返す中でが言った言葉と言えば、自身の名前だ。不覚にもどきりとしてしまう。ここぞというときに自分に助けを求められればそれは誰しも嬉しいに違いない、と自分に言い訳した。
急に動きを止めたからであろう、もぴたりと動きを止めて不審げに政宗の顔をまじまじと見た。目が慣れてきたのか、みるみるうちに驚愕の表情が広がっていく。
「まままま、まさっ…まさむ、ね?」
語尾は恥ずかしそうに尋ねた。騙されたことが情けなくもあり、取り乱した姿を自分に見られたことが特に羞恥心をかきたてられたとみえる。
「おっと失礼、knockもせずに入っちまった」
覚えさせた罪悪感を払拭させるように、努めて政宗は茶化すように明るく言った。それにはおそらく顔を真っ赤にさせてさも心外というように怒る。
「ば、ばっかじゃないの!?今何時だと…」
「こそ、今何時だと思ってるんだ?寝れないことでもあったのか」
「わたしは…っ!」
ハッとしたように言葉を詰まらせたをいぶかしむ様に政宗は見下ろした。昔から何かあると誤魔化すことのできない性格なのは、さすが幼馴染といったところか、よく理解していた。からかいついでにしつこく聞くのが常だが、自分にも後ろめたい気持ちが合ったので敢えて詮索をしないことにする。
「やっぱり、お前は苛め甲斐があるな」
「…苛めているっていう自覚があるなら止めていただきたい」
「俺の楽しみを減らすなよ」
そう言って、政宗はようやくの上から退いた。押し倒しているようにしか思えない体勢だったが、普通なら色めいた雰囲気があっていいようなものを微塵も感じられないのがと政宗なのだろう。ただ、政宗は少しだけ何かを同時に自覚したようだったが。
「じゃあまた明日」
ひらひらと手を振って窓から自室に戻る政宗をただは文句を言うことすら出来ずに見送った。また明日?では、機嫌が直ったのだろうか。明日からまたいつもの日々に戻れるのだろうか。
その後は不思議と心地よく眠りの中に落ちてゆけた。
(100603)